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大阪市営無軌条電車 第1号線跡を行く

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今も変わらぬ威容を誇る十三大橋。1932年完成からの85年間のうち、ここを無軌条電車が走ったのはわずか16年のみであった。 P:宮武浩二(車中より撮影)

20170123182439-3dff5b384f8e8b36b04565edbe62bb977fbffbb4.jpg47年前に廃止された大阪市営のトロリーバスについて解説したRMライブラリー第210巻『大阪市営無軌条電車のあゆみ』は、発売より大変ご好評いただいておりますが、著者の宮武浩二さんより、その遺構について写真をお寄せいただきましたので、ご紹介いたします。この遺構については3年前の2013年3月に「編集長敬白」でもご紹介しておりますので、合わせてご覧下さい(一部の写真は重複します)。

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新淀川手前の中津浜交差点。この付近では両側に架線柱が残っており、利用されている。 P:宮武浩二(車中より撮影)

大阪市営の無軌条電車で最初に開業した路線は、大阪駅前〜神崎橋間の第1号線でした。以前、編集長敬白でご紹介した際には、大阪駅前にドイツ・マンネスマン社製の架線柱が残っていることを紹介しましたが、残念ながらその後撤去されてしまいました。中津浜から十三にかけては道路両側に架線柱が残っており、十三大橋も無軌条電車があったころのままです。

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架線柱が両側に残る北方貨物線跨線橋。上を通る山陽新幹線は無軌条電車廃止時にはまだ工事中だった。 P:宮武浩二

田川通〜三津屋間の跨線橋も両側に架線柱が残っています。ここはJR線(北方貨物線)の上に道路、そしてさらにその上に新幹線の高架がある、交通の要所でもあります。

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面影を残さぬ終点・神崎橋。営業所内の架線が張り巡らされた光景を知る人ももういない。 P:宮武浩二

そして無軌条電車開業時に営業所が開設された神崎橋は、長らく市バスの転回地として残っていましたが、市バス路線の再編成により敷地は売却され、現在は医療関係のビルが建っています。残念ながら大阪におけるトロリーバスの発祥の地を示すものはなにもありません。(つづく)

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