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三江南線三次~式敷間開業初日、キハ41500形が馬洗川を渡って式敷に向かう。対岸の河原には河川工事用だろうか、機関車とナベトロが見える。 1955.3.31 三次-尾関山 P:窪田正實(RMライブラリー222『三江線 88年の軌跡』より)

今月のRMライブラリーは長船友則さんによる『三江線 88年の軌跡』です。ご存知の通り三江線は本年3月31日限り4月1日廃止が予定されていますが、本書は開業以来88年にわたるそのあゆみをまとめるものです。

RML222H1.jpg中国山地の三次と山陰側の江津は、古くから江の川を利用した水運で結ばれていましたが、明治に入り鉄道の時代になるとこの江の川沿いにも鉄道建設の運動が起きます。大正期には堰の建設により水運が断たれこともあって建設が強く望まれるようになりますが、なかなか実現せず、最初の区間である石見江津~川戸間が開業したのは1930(昭和5)年になってからでした。その後、江津側から少しずつ延伸が進み、1937(昭和12)年には浜原まで開業、これにより後に三江北線と呼ばれる50.1kmが完成しました。
一方、三次側からも1936(昭和11)年に工事が開始されますが、戦争の影響により工事は中断し、結局式敷までの14.8kmが三江南線として開業したのは1955(昭和30)年のことでした。この区間は当初から沿線人口が少なく、貨物列車は運転されず、開業後しばらくしてキハ10000形レールバス2輌が投入されます。国鉄時代、レールバスが新製投入されたのは、本州ではモデルケースであった木原線(現・いすみ鉄道)とこの三江南線だけで、このことからもこの路線が置かれた当時の状況が分かります。三江南線は1963(昭和38)年には口羽まで延伸され、この頃にはレールバスは引退し、キハ10形などが走るようになりました。

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戦後の三江北線。左下の列車最後尾には1輌のみだったキユニ01の姿も見える。(RMライブラリー222『三江線 88年の軌跡』より)

この三江南線と三江北線を結ぶ浜原~口羽間の工事は1966(昭和41)年に着工しました。最初の区間の開業から実に30年以上が経っており、この区間については踏切は3カ所のみ、築堤とトンネル、鉄橋が連続する、前後の区間とは異なる高規格路線となりました。それを象徴するような存在が、地上20mの高架線上にホームが設置された宇都井駅でしょう。この区間は約9年の歳月をかけて1975(昭和50)年に開業し、ついに江津~三次間108.1kmが結ばれました。ただし、既存区間のCTC工事が遅れたため、当初は上下列車とも口羽駅で折り返しとなっており、CTCの整備が完了して直通運転が実現したのは1978(昭和53)年になってからのことです。

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1975年にはついに浜原~口羽間が開業。最初の区間の開業から45年目のことであった。(RMライブラリー222『三江線 88年の軌跡』より)

本書は、三江線建設に至る経緯から、最初の区間の開業、三江南線の建設、全線開業、そして現在に至るまでの三江線のあゆみをまとめています。長船さんは本シリーズでもこれまで『呉市電の足跡』、『宇品線 92年の軌跡』、そして『可部線 波乱の軌跡』と、地元広島の鉄道に関する研究を発表されていますが、今回は三江線が廃止されるに際し、その記録を残したい、という思いからまとめられたものです。中でも1975(昭和50)年8月31日の「三江線全通一日の記録」は、喜びに沸く沿線の様子がひしひしと伝わってくる、臨場感あふれるものです。まもなく88年の歴史に幕を閉じる三江線の記録する一冊、ぜひご覧ください。

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