鉄道ホビダス

2009年12月アーカイブ

走行距離計付のTR203台車

ネガを整理していたら、面白いものがありました。

TB00080.jpg

貨車の検修は、キロベースではなく一定の期間がくると検査する決まりになっています。それでは検査の間にどれくらい走るの? と言う疑問に答えるため、貨車の軸箱に走行距離計をつけていた時期がありましたが、TR203についているのは滅多に見なかったと思います。

右側の軸箱にある出っ張りの中に距離計があり、真ん中にある小蓋を開けるとカウンタの数字を読むことが出来ました。

今回も四日市のホッパコンテナをお届けします。

TB00079.jpg

既に紹介したUH1-1の増備ロットで所有者と専用種別は同じです。45~53の9個ロットで昭和47年日車製、写真のコンテナは製番はNPH-FA-H0021でした。

かつての四日市で良く見られた光景です。

TB00078.jpg

5トンホッパも10トン、更には海コン規格になり、最早過去の物となりつつあるのは寂しいことですが、プラスチック業界の統合による離合集散や海外移転の影響も大きいのかもしれません。

写真のコンテナは旭ダウのポリスチレン樹脂専用で、写真では昭和47年製の101~116、昭和49年製の422~449と450~467の三ロットが混在しています。構造を一言で言えばH13形の二種規格版で、細部は少しづつ異なっていました。

富士重製で、設計比重は0.6、ホッパ材質はステンレスです。塗装はダイダイ色が主体。
塩浜操~四日市~東水島で運用されていたようです。

今回は私有ホッパコンテナのトップナンバーです。

TB00077.jpg

所有者は三菱モンサント、個数は1~5の5個で昭和46年日車製です。積荷はポリスチロールで、構造は国鉄コンテナのUH3形のデッドコピーと言って良く、規格もまだ一種で、後のものより小型となっています。運用は四日市~土浦で、昭和56年に撮影した時には、初期のコンテナのため台枠等は後のものに比べていささか華奢なこともあり、大分ヘロヘロになっています。

なおUH1形でこれに続く6~14はH10タイプの塩ビ用として同社が計画しましたが、実現せず欠番となっています。

蛇足ですがUH1-15以降のタイプは40回で紹介した住友化学のコンテナです。宜しければご参照下さい。

台枠端部手摺の図面

見返してみたら最近はコンテナばかり。
一寸反省して、今回は模型ファンに役立つ図面を紹介します。

画像の確認

タンク車モデラーには悩ましいのが台枠の端にある手摺ですね。強度重視で太い線で作るとボテッとするし、いっぽう細い線を使うと持った時に壊してしまうし・・

本物の径は・・と見てみると直径25mmの鋼管を使用しています。1/80だと0.3mmが丁度良いですね。また台枠からの高さは9mm弱、幅は5mmとなります。
なお図面で「在来品を改造云々」とあるのは、昭和39年まではただの丸棒2本だけしかなかったのを、労働安全の観点から図面の形に改修したためです(古い模型を作るときは要注意)。
図番はVD262648で、作成日は昭和39年1月でした。

「DMSO」と聞いてすぐ判るのは、化学出身者だけかもしれませんね。
ここで紹介するのはDMS0の水割りを輸送するコンテナです。


TB00076.jpg

UT1-447は446~448の3個ロットとして昭和54年10月に日車で製作され、製番はNPT-FA-T0229~231でした。
所有者は写真のように日通ですが、真荷主は日本曹達だったようです。運用は名古屋ターミナル(登場時は笹島)から松山でした。
クリーム色の塗装で御馴染みで、その後UT1-496、514と五月雨式に増備が続きました。UT5Aにもありましたね。なおこれらのコンテナは、残念ながら既に鬼籍に入っています。

今回は「粉物」のコンテナです。

TB00075.jpg

塩ビパウダーはもともとホッパコンテナの重要顧客で、国鉄H10形、そしてそれを二種サイズに大型化したUH1形で輸送されていました。ところがタンクの方が安く作れることが判り、途中からタンクコンテナへの切り替えが始まってしまいます。着荷主の事情でホッパを使い続けたところもあるので、ホッパと併用する使用者も現れ、晩年は混沌としていましたが・・

このロットは342~348の7個で昭和51年5月富士重工製、形式はTC5-66です。多数のロットを擁した信越化学の塩ビタンクでは最初のロットで、富士重製である点が特徴です。缶体はステンレス製ですが、次ロット以降はコストダウンのためか耐候性高張力鋼に変わりました。

あれっ、何処かで見たような・・

TB00074.jpg

デジャヴではありません。ご先祖様に当るロットを第49回で紹介したためです。

こちらは昭和51年9月富士重工製で、形式はTC5-68形、353~357の5個が製作されました。
第49回で紹介したUT1-157と比較すると、台枠脚部にあった下吊り金具が廃止され、受台と台枠間の補強形状も変わっています。写真撮影時の運用は千葉タから百済でした。

久々のアップですが、今回は私有ホッパをご紹介します。

TB00073.jpg

UH1では新しいグループの一つで、荷役方法は国鉄H90・H11形と似た自重落下式のため、前後非対称となったステンレス製構体が特徴的でした。

写真は765~782の18個製作された第一ロットのラストナンバーで、昭和55年富士重工製です。
運用は松山~八王子間で、四国行コンテナ列車の常連でしたね・・・

今回は鶴見線名物の米タンのおはなしです。

小生のサイトでボチボチ続いている貨物時刻表のページですが、南武線・青梅線を掲載しました。
これで既に掲載している鶴見線・山手貨物線のページと併せて、米タンの筋を追うことが可能となります。
一策さんの本にもあったように、当時は航空燃料の輸送量に対し、南武線の線路容量が逼迫していたため、山手貨物廻りの列車が結構ありました。

この迂回が遠因となって発生した新宿でのタンク車炎上事故は昭和42年8月でしたので、貨物時刻表の一年前ということになります。詳細は以下のページをご覧下さい。

・新宿事故       → 特別編233(タキ3047)
・鶴見線貨物時刻表 → データベース別館52
・浜川崎線       → 同51
・山手貨物線      → 同46~50
・南武線         → 同130
・青梅線         → 同131

ご自分でダイヤを書いてみると面白いかもしれませんね。

2009年12月   

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
「タンク屋しんちゃんのブログ」が携帯電話でもご覧になれます。
http://rail.hobidas.com/blog/tankuya/m
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2014 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.