鉄道ホビダス

2009年9月アーカイブ

今回も小名木川に居たコンテナです。

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UC5-4440~4449の9個あり、日本貨物急送ではこれが初めてのコンテナでした。
加藤車体の片妻一方開き形で、色はクリームと青緑の塗り分けでした。
これも運用は東北筋でしたが、意外に東北地方の貨物駅で見かけたことはおりませんでした。
短期間しか使われなかったのかしら・・

昭和51年当時の小名木川貨物駅といえば、コンテナ列車の東北地方の玄関口として知られていました。このためここでしか見られないコンテナも多く、初めて訪れた時は眼を見張ったものです。

今回紹介するのは、これらの中でも派手な色使いで注目の東北トラックのコンテナです。

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昭和48年富士重工製で3523~3532の10個ロット。形式はDC10-13A形で、当時富士重が製作した屋根がコルゲートとなった片妻片側開き式としては、極めて標準的なものと言っても良いでしょう。例えばほぼ同時に製作された仙台運送、三八五も同じDC10-13系を採用しています。
なお運用先は小名木川~東青森・宮城野・盛岡でした。

余談ですが、当時のメモを見ると銘板の刻印が「UC5-3528-9」となっており、最後の9は6を間違えて逆さに打ったようだ、と書いてありました。

昨日はRMの貨車研究室で連載しているコキ5500形の説明用のCAD図を描いていました。年のせいか「あ~眼が疲れた」(笑)。

さて、コキとコンテナはRM連載とRMライブラリで解説しているのですが、可哀想なのは末尾に連結されていたヨ5000形です。コンテナ特急の車掌車については、まだちゃんと解説した記事はありませんからね。

閑話休題、今回は「たから号」のシンボルとして有名な「バックサイン」にまつわる記事をご紹介しましょう。これを巷間では「テールマーク」とか言う人もありますが、何と言っても「バックサイン」が似合うと思うのは小生だけでしょうか。ちなみに正式名称は「列車標」です。

付け替えの手間を省くため、あらかじめ前後に附けておく書いてあるのが興味深いですね。
なお、「たから号」スタート時点で淡緑塗装となったのは5005~5008だけで、他は急行貨物(ワキ)列車に充当するため黒塗装でした。(その後、増発時に塗り替えたものもあったようですが・・)

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タンクコンテナに比べてホッパコンテナはロット当りの数が多い特徴があります。これは樹脂メーカーからストックポイントとか加工メーカーに大量に輸送する場合が多いためでした。
今回紹介する三菱モンサントのコンテナと言えば、四日市~土浦の運用が有名でしたが、これもその一員です。

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UH1-514~521の8個ロットで昭和49年日車製でした。国鉄のH10形を2種サイズに拡大したもので、底面にエアスライド装置を持ち、荷卸しの際はコンテナ全体を傾けて妻面下部の取出口から積荷を排出します。

今回は上巻の間違いのお詫びです。

7ページの「2.国鉄コンテナの塗装と標記」の12行目に「塗色の淡緑3号(客車特急の青大将色)」とかきましたが、カッコの中の記述は余計でして、青大将色は淡緑5号でした。ごめんなさい。

なお淡緑3号時代のカラー写真は(当然ですが)数が少なく、現在簡単に手に入るものではRMライブラリ100号に掲載された、星さんが撮影された5000形とたから号の写真がある程度です。興味のある方は是非ご覧下さい。

「国鉄コンテナのすべて(上)」を執筆して最後まで謎だったのは、5000形試作コンテナの改造後の姿です。東急製の5000~5009と富士重製の5010~5019は昭和35年度予算で緊締装置を標準形に改造し、昭和35年10月に増発された第二たから号から使用された筈なのですが、結局形式写真は見つかりませんでした。

実は第二たから号と思われる列車に積載されて運用中の写真は一枚あります。朝日新聞社発行の「世界の鉄道(昭和38年版)」の140ページに掲載された山科の築堤を走る第二たから号の編成俯瞰写真がそれで、実は下巻の扉に使おうと思って交渉して頂いたのですが、結局著作権者不明とのことで転載できませんでした。

コキ12車とワキ混合の見事な編成で、後ろから3両目のコキに東急試作、同4両目に富士重木造(5019)、同9両目に東急アルミが積載されています。

お持ちの方は是非ご覧下さい。

「ポゾリス」と言えば、タンクコンテナの名門(?)ですね。

写真の136はこのうち栄えある第一号として、136~138の3個ロットで昭和47年11月日車で製作されました。製番はNPT-SA-T0068です。

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設計比重は1で、普通鋼製のキセなしタンク体は面白いことに前後二室構造となっており、二種混載が可能となっています。妻板下部に液出管が二本並んでいるのが判るでしょうか。

落成当時は相模貨物を基地として淀川・能町・笹島などに運用されていました。

いろはに図面の例

今日は「いろはに図面」の例をご紹介しましょう。

フワ30000形の自動連結器改造図面で、図番は「ろ82009」です。
「いろはに」は図面サイズで分類したようですが、当時はA・B判自体制定されていなかったので、四六とか菊とかいった判型なのではないかしら。

番号もいささかインフレですが、車種とか内容で番台分けしたものと思われます。

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今回紹介するのは、日本NCRの感圧紙用原液専用タンクコンテナで、UT1-258~267の10個がありました。日本石油輸送/三菱商事のマークも付いています。

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昭和49年5月富士重製で、形式はTC5-57でした。

相模貨物駅の名物で、東海道線から見えるNCRの工場の出荷用だったようです。その後失職し、塩浜操に留置されていましたが、カタロイド又はアクリルエマルジョン専用として再就職しました。

なおカタロイドになった際、番号の差し替えが行なわれており、現在のUT1-265(二代?)は元々UT1-267だったものです。(何故かUT1-265初代は未確認です。)

「国鉄コンテナのすべて(上)」に書いたようにC10形コンテナには大量の「二個現存」があります。

改番コンテナかどうかの見分け方は意外に簡単で、12000番台で形式と番号の間にハイフンのあるものが改番コンテナです。・・・と言うのは、改番の施行時期がC900形式の登場後だったため、標記のルールが改番前は第二期B、改番後は第二期Cと変化したためです。

改番ではハイフンは追加せず、番号だけを書き換えたので、下の写真のようになった訳ですね。

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二個あるC10形のうち12440はロット16でS43年富士重工製で11440として落成後、現番号に改番、12651はロット22で昭和44年富士重工製です。

なお余談ですが、中には改番コンテナなのにハイフン付のものもあり、銘板を確認したら本来改番してはいけない方を改番してしまったトホホな例もありました(笑)

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