日本冶金のDL
このDLも塩浜操での撮影です。

日本冶金と言えば塩浜操と末広町の間にある会社ですが、これはその入換機でしょうか。番号は見当たりませんが、小回りを利かせるためか軸距が狭いのには驚きました。
このDLも塩浜操での撮影です。

日本冶金と言えば塩浜操と末広町の間にある会社ですが、これはその入換機でしょうか。番号は見当たりませんが、小回りを利かせるためか軸距が狭いのには驚きました。
昔々、塩浜操で撮った写真をスキャンしていたら、同じネガにC型ディーゼルが写っていました。

整備中でしょうか、それとも丸型の社紋を外した跡があると言うことは・・・
昭和52年の撮影でした。
古典SLで有名だった羽鶴ですが、私有貨車ファンにはホキ5400形ドロマイト専用車で知られていました。小生も何回か足を運びましたが、この写真は昭和61年の撮影で廃車となった後に構内に留置されていた時の姿です。

当時は構内各所に数両づづ留置してあり、一見すると構内輸送に使用中のように見えました。この貨車もたまたま屋根下に停車している姿と思っていたのですが、屋根と貨車の関係をよく見たところ・・・!! この状態で走ったのでしょうかね??
前回掲載したタンクコンテナを保土ヶ谷で撮った際、帰り道の横浜駅にあった看板です。

昔はこんなこともありましたね・・・
<以前、このロットではUT1-291を紹介しましたが、今回は292で前位妻から見た姿です。もともとUT1形には端梁は不必要でしたが、この頃になると保安度見直しにより自重増が許せる範囲内で簡易なものが設置されるようになりました。無いよりましと言うことでしょうか。
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また撮影地は保土ヶ谷です。現在横須賀線が走っている線路がまだ貨物線だった時代で、保土ヶ谷の山側にあった貨物扱い所は高島を補完する重要なコンテナ基地でした。DD12が見られたことでも有名ですね。ちなみにとの時は友人から「ワラ1が居た」との連絡を受け、学校をサボって急行した時のものです。