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2008年01月16日

想い出の新潟交通軌道線 〔実物のわだい〕

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▲道路に直接面して設置されていた白山前(旧県庁前)駅。写真は以下も含め1990(平成2)年9月、(み)撮影。

こんばんは、(み)です。今回は久しぶりに、ちょっと昔の実車と風景を振り返ってみましょう。

 いよいよ1月。かねてよりトミーテックから予告されておりました「鉄道コレクション」第6弾の発売も近付いてまいりました。同シリーズには、地方私鉄ファンにとってのお待ちかねとも言える日車標準型電車もセレクトされており、その中には1999(平成11)年にファンから惜しまれつつ廃止され、現在ではバス専業となっている新潟交通の車輌も含まれています。

 これまでも「鉄コレ」では、第2弾のモワ51や第3弾のモハ2229+2230など新潟交通線の車輌が含まれていましたが、今回同線の主力とも言える日車標準型車輌がモデル化されることにより、同線の晩年の姿を再現することも容易になってきました。

 そこで今となっては想い出となってしまった同鉄道の中でも、とりわけ模型ファンの心をくすぐる併用軌道区間を中心に、当時の姿を偲んでみましょう。

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▲東関屋を出発した白山前行電車はほどなく併用軌道へと差し掛かる。この併用軌道区間は1999(平成11)年の全線廃止に先駆け、1992(平成4)年に廃止された。この軌道区間は車内禁煙とされていたが、裏を返せばその他の鉄道線区間は禁煙ではなく、車内でタバコを吸う乗客の姿も見られた。

 新潟交通の鉄道線は、1933年(昭和8)年に東関屋~白根間が開通したのを皮切りに、同年中には同じく白根~燕間と軌道線として東関屋~県庁前間が延伸し、全線が開通しました。

 軌道線は将来的には万代橋を越えて、新潟駅へと至る計画でしたが、結局実現できずに終わり、併用軌道内の電停も戦時に廃止されてしまいました。その結果、線路沿いの住民にとっては電車はただ通過するのみの厄介な存在と映り、廃止反対ならぬ廃止促進運動さえ沸き上がったうえでの廃止となりました。

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▲終点「県庁前」改め「白山前」駅付近を走る日車標準型電車モハ21号。

 それでは併用軌道線のシンボル的存在でもあった、軌道線終着駅の県庁前改め白山前駅の様子を見てみましょう。1936(昭和11)年に建設されたという駅舎は、曲面を生かしたスクラッチタイル貼りの、いかにも昭和初期を象徴するようなモダンな造りでした。開業以来「県庁前」の名称でしたが、1985(昭和60)年の新潟県庁移転により、白山神社の門前であることから「白山前」に改称されました。

 近接する歩道橋の上から、ここに電車が停車中の姿をとらえた写真はよく見掛けますが、駅舎そのものの写真は意外と少ないので、ここで三面の様子を紹介しましょう。

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▲ホーム側を見る。ここから見ていると線路の存在がほとんど目立たないが、左手が東関屋側となる。すぐ右手に道路を駅舎方面へと渡る歩道橋があり、電車と駅舎を絡める格好の撮影地とされていた。

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▲こちら側が正式な駅正面と言うべきだろうか。増築が繰り返されて雑然としたイメージだ。左手奥の木立が白山神社の境内であり、ホームはその向かいである。

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▲右手奧が白山神社で、線路は右方向に伸びている。壁の各所に見られる補修の跡が痛々しい。

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▲改札の中から見たホーム側。電車が止まっていないと、まさにすぐ外が道路であった。

 先述の通り、1992(平成4)年に東関屋~白山下間の軌道線は全廃に先駆けて廃止され、この歴史を秘めた駅舎も道路改修の妨げとされたのか、解体されてしまいました。現在では交差点の形状さえ変わってしまったため、この駅舎が存在した場所を正確に思い出すことすら困難な状況です。

投稿者 (み) : 2008年01月16日 21:31

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