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2007年06月26日
続・弘南鉄道の元旧型国電 〔実物のわだい〕
こんばんは、(み)です。前回に引き続き、弘南鉄道の旧・17m旧型国電車輌についての紹介です。今回は制御車であるクハ16形を取り上げます。

▲モハ1121同様、「鉄コレ」のモデルとなった弘南鉄道クハ1611(津軽大沢区・1985年2月撮影)
ここでまず簡単に弘南鉄道の17m旧国の全容について記しますと、1967年以降、国鉄形式クモハ11にあたるモハ11形が1120~1122の3輌、クハ16形が1610~1614の5輌、それとは別にサハ17形(1700)の1輌が順次国鉄・西武鉄道より弘南線へ入線しました。トレーラー車が電動車の2倍であることやサハがあることからも察することができるように、弘南線では当時、モハ1輌に対しトレーラーを2輌連結する1M2T編成が基本とされていました。
しかし1975年以降、弘南線に東急からの譲渡車3600系列が大量に入線したことにより、この17m旧国グループはクハ1614とサハ1700を除き大鰐線へ転属とされました。弘南線に残ったサハ1700は閑散時の2輌運転に対応して運転台が取り付けられ、車号はそのままにクハ17形とされています。なお結果的に弘南線から旧国群を押し出すこととなった東急3600系列も、その前身は17m旧国が中心であったものの、車体載せ替えにより外観の印象は異なっていました。

▲弘南鉄道クハ1610(津軽大沢駅・1985年8月撮影)
大鰐線で活躍していた頃のクハ1610です。1輌ごとに大きく姿の異なるモハ11形に対し、クハ16形はこの1輌のみが旧30系で、他の4輌は旧50系と比較的揃ったスタイルをしています。

▲弘南鉄道クハ1611(津軽大沢区・1985年8月撮影)
津軽大沢区に長期留置中だったクハ1611で、タイトル写真と同じ車輌の雪解け後の姿です。雪で隠れていたベンチレーターが姿を現わしていますが、このクハ1611は前身がクロハだったこともあり、旧仕切板部分のベンチレーターが1個撤去されており、モデルでも再現してみると面白いかも。正面は酷寒の地での使用に対応して、貫通扉が埋め込まれています。

▲弘南鉄道クハ1612(大鰐駅・1985年8月撮影)
こちらはモハ1122の相棒として、やはり西武鉄道を経て入線した車輌です。1122と同じ旧50系ながら、こちらは張り上げ屋根ではない通常の雨樋位置となっていますが、サッシの交換や西武独特の大型ベンチレーター設置などの改造は1122と共通しています。

▲弘南鉄道クハ1613(津軽大沢区・1985年8月撮影)
比較的標準的なスタイルを持つ旧50系のクハで、1611とは異なりベンチレーターの欠けはありません。屋上ステップは1611と同様、存置されています。

▲弘南鉄道クハ1614(弘南弘前駅・1981年8月撮影)
他の写真とは撮影時が若干古くなりますが、弘南線の17m旧国が大挙して大鰐線へ転属した後も、クハ1614については弘南線で継続使用されていました。運用表示がふさがれ屋上ステップもない、かなりスッキリした姿となっています。
それでは最後に、廃車となった後の弘南鉄道クハ1611の処遇について、写真を掲載しましょう。

▲津軽ワイン工場に置かれた車輌群(津軽尾上付近・1989年7月撮影)。
弘南鉄道で廃車となったクハ1611は、同時期に廃車となったクハニ1272や貨車とともに弘南線津軽尾上駅付近にある津軽ワイン工場に引き取られ、敷地内に置かれました。1つ欠けたベンチレーターが1611の証です。しかし老朽化のため比較的早期になくなってしまったようです。

▲敷地内には電車だけでなく貨車の廃車体も…(1989年7月撮影)。
この一度見たら忘れられない個性的なスタイル、そう「鉄コレ」第2弾の鋼製化緩急車のモデルともなった、旧南海のワフです。弘南鉄道に譲渡されたものが廃車後に、電車とともにここにやってきたものです。扉に家庭用のサッシをはめられてしまった以外は比較的原型を留めているようです。
この狭い敷地内に、「鉄コレ」のモデルとなった車輌が3輌も存在する!と考えると、全くの偶然とはいえちょっと愉快に思えますね。
投稿者 (み) : 2007年06月26日 21:37

