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2007年04月25日
お疲れ様、くりでん その1 〔鉄道訪問記〕
こんにちは、副編まるはねです。既に4月も残りわずか。あの涙の3月末から早くも一月が過ぎようとしていることに愕然としたりします。鹿島鉄道においては早くも車輌の解体、設備の撤去が行なわれていると耳にするとなんともやるせない思いに駆られます。今日のブログでは以前お約束したとおり、3月下旬にくりはら田園鉄道を訪問した際の模様をお届けして、その思い出を新たにすることにしましょう。
さて実は私、くりでんを訪ねたのは栗原電鉄時代を通じて全く初めてでした。朝イチで現地入りするため、一度線路を飛び越えて一ノ関まで深夜バスで入り、その後初電で石越に入りました。そうすると、平日のみ運行されるくりでんの朝一番の列車に間に合うのです。しかし結果的には石越駅のシーナリー観察しているうちに初列車は出てしまいました(汗)。だって今日また石越に戻ってくるのは夕方以降になりそうだったのでしょうがないのです。あぁ平日に来たメリットが…。鹿島などに比べてかなり列車頻度が少ないので見るべきポイントはおのずと限られてしまいます。しかも平日は日中1本運休だし…。まあ土日のお名残乗車ラッシュを考えればよしとしなければ。
乗り損ねた一番列車。KD951でした。
石越駅はJRとの乗換駅で、駅舎はJR駅舎とはロータリーを挟んで斜め対角の位置にあります。線路自体はJR線と平行で、かつて連絡輸送が行なわれていた痕跡も感じられます。駅舎自体はこじんまりとまとまった好ましい形態。最近まで駅員配置があったようですが、最後は無人駅となってしまっていました。
模型的まとまりを見せる石越駅駅舎。駅前の元は旅館と思われる建物などとセットにしてスケールモデル化したいくらいですね。
ブラブラ歩いて隣の荒町駅に到着。しばし待ってここでようやく私の初乗車となりました。車輌は3輌あるKD95形のうち、テレビ番組とのタイアップで「Oh!バンデス号」とされたKD952。車体内外にこどもたちが描いたイラストが飾られている他、車内アナウンスがなんとさとう宗幸さんでした。車内は通学の高校生を中心にかなりのにぎわい。大荷物でキョロキョロする「鉄」な私はちょっと場違いな存在でした。ごめんなさい。
列車を降りたのは鴬沢駅。ここのすぐ近くに、栗駒岳バックで撮れる鉄橋があるのです。季節が良ければ白鳥が群れると言われる川面ですがもう北へ旅立ったのか見当たらず。鴨ならいましたけど…。
嬉しかったのは、踏切の警報機が電子音ではなく昔ながらの打鐘式だったこと。さすがにくりでんの中でも貴重品だったと思います。


これが打鐘式踏切。その音を聞きたいという方は…。下のオマケ動画に収録されています。(片手間でやっているのでお聞き苦しいと思いますが…)
その鶯沢駅も、かつては交換可能設備や貨物ホーム、それに普通の駅舎がありました。というかその痕跡がありありです。そうそう写真でおわかりのように、架線柱、もしくは架線そのものが残っている区間も多く、「栗電」時代も偲ぶことができましたね。
今は無人の単線ホームに待合室1つしかありませんが、以前はこの手前の場所に駅舎があった模様(土台が残っています)。
交換設備があった頃の対向ホームの遺構。この対面には貨物ホーム跡もありました。
また待ち時間を経て次の列車で終着の細倉マインパーク前へ。静態保存のED202が迎えてくれました。そして普段の私なら絶対にやらないこと…「俯瞰撮影」をやってきました。ホビダスブログの「お立ち台通信」そのままです。俯瞰としてはかなりお手軽な撮影地ですが、なにしろ普段の運動不足、及び先が見えない不安からつい早足となってしまい途中でゼハーゼハー息が切れちゃって…。すれ違った若いレイルファンの人に心配されちゃいました。しかし意外にあっけなくポイントに到着し、「なんだあせることなかったじゃん(苦笑)」。この区間、列車はごく低速なので、じっくりその姿を拝みつつ、撮影することができました。
息を切らせた成果です(笑)。このシーンの動画も一応撮ってみましたが、例によってシャッター音がうるさいのでごめんなさい。でも最後に汽笛がボーと鳴るのは泣かせますよ。
この続きはまた後日。
P:まるはね(2007.3.23撮影)
投稿者 まるはね : 2007年04月25日 21:26

