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2007年04月17日

1986年の鶴見線正月ダイヤ 〔実物のわだい〕

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▲鶴見駅に停車した初電・扇町行。この日のために1輌用の停止位置目標が新設された。1985.12.29

こんばんは、(み)です。今回は本ブログ2月20日に書きました「クモハ12の思い出」に引き続き、1986年以降鶴見駅乗り入れ運用に復帰したクモハ12形の運行について触れてみたいと思います。

 大川支線封じ込めの運用から一転、1986(昭和61)年3月のダイヤ改正にて突如として実現した鶴見線クモハ12形の本線乗り入れ復帰ですが、復帰する直前にその予行演習とでもいうべきダイヤが存在していました。おそらく鶴見線史上にも残るであろう、1985年暮れ~1986年正月の年末年始ダイヤです。

 このダイヤが実施されたのは1985年12月29日から翌86年1月3日までの6日間で、工場への通勤客が激減するこの時期を見計らい、クモハ12(運行番号01)と101系3連(運行番号03)という2運用・計4輌の車輌で、1日の鶴見線全運用をこなすという、空前の輸送力縮小実験とでもいうべきものでした。

 通勤客さえなければこの輸送力でも何とかさばけるだろう…というまさにギリギリのダイヤで、しかも3連の101系が応援に入るのは朝夕のみ、それ以外の時間帯は早朝の初電から最終電車まで、クモハ12が1輌で全線の運用をこなすという、それは極限のダイヤでした。

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▲初電のクモハ12運用が扇町駅に停車中。本線復活後、イベント運転以外で扇町までの営業列車が運転されたのは、この年の年末年始ダイヤだけではないだろうか。1985.12.29

 ほとんどの時間帯を1輌で全運用こなすことから、運行形態は鶴見→扇町→鶴見→海芝浦→鶴見→大川という具合に、すべての列車を鶴見始発とする点が特徴的で、現在の運行形態の原点とでも言えるかもしれません。ただしクモハ12が鶴見に帰ってこないことには次の路線へは入れませんから、列車は終日ほぼ40分間隔で鶴見を発車し、本線や各支線に入っていました。

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▲年末年始ダイヤ中の大川支線は1日わずか3本。現在の休日ダイヤを先取りしていたかのようだ。武蔵白石駅にて。1985.12.30

 当時の平常ダイヤでは最盛期より本数が減らされていたとはいえ、日中でも鶴見基準で1時間に4本という本数が確保されていましたから、40分に1本というのはかなりの減便です。しかも途中折り返しもあるなどで末端の支線まで行くとさらに本数は減り、大川行に至っては1日3本という、現在の休日ダイヤ並みの減便となっていました。

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▲国道駅停車中の夜の上り鶴見行。通勤客で超満員状態だ。1985.12.29

 それにしてもいくらラッシュ時に101系の3連(03運行)が応援に入るとはいえ、29日の朝に突如登場した単行電車に、鶴見駅はパニック状態に。年の暮れとはいえ通勤客もそこそこいますから、通常のラッシュをはるかに越える状態となり、朝8時前の扇町行ではついに多数の積み残しすら出してしまいました。そのうえダイヤの余裕時間も少なく、一度遅れたダイヤは当分復帰できません。そこでこの日以降、対策を迫られることとなり、翌日以降は混雑する時間帯のみ、クモハ12による01運行分も101系3連に振り替えての運行となりました。

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▲武蔵白石駅で大川支線入線のために転線するクモハ12。下り本線ホームで客扱いの後、渡り線で上り本線上へ引き上げ、さらに支線ホームへと入る。1986.1.3

 さて趣味的に面白いのは鶴見線本線から大川支線への入線の時です。安善方から入線できるようになった現在とは異なり、当時は大川支線の起点となる武蔵白石駅で転線を行なわないと、大川支線へと入れない線路配線となっていました。したがってこの武蔵白石では転線前と転線後の2度に渡って客扱いすることとなっており、最初の停車で乗り遅れても支線ホームから乗車できる、という面白い現象が見られました。ちなみに転線が必要なのは下りの直通便だけで、上りは線路が直接上り本線とつながるため必要ありませんでした。

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▲混雑時には101系が代走することになったが、運用上大川行に101系が入るひとコマも。鶴見駅
。1985.12.30

 もちろん当時は武蔵白石駅の急カーブ上に支線ホームがあったことから、クモハ12以外の電車は大川支線へは入線できませんでしたが、困ったのは前述の混雑時における101系への車輌振替時です。そこで大川行の運用に101系が入った際は、途中の弁天橋にてクモハ12へ車輌を振り替える(つまり運用を元に戻す)形で、支線への入線が行なわれました。

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▲安善駅に到着するクモハ12053。6日間のうち2日間がクモハ12053で運転された。1985.12.31

 このように通勤客はとんだ迷惑を被り、ファンは大喜びだった6日間の運転を経て、その教訓を生かし日中のみのクモハ12形鶴見駅乗り入れという、1986年3月以降の標準となっていたダイヤが生まれることとなりました。車齢60年近い電車が、イベントでもない通常営業列車にいきなり復帰するという珍事は、いくら昭和の時代だからといっても、当時なりの驚きを持って迎えられた出来事でした。



〔ホビダスからのお知らせ〕

 ホビダスより発売しておりました、鶴見線クモハ12も作ることのできる「17m級旧型国電キット(2輌入)」ですが、お陰様で未塗装キットについては品切れとなりました。塗装済キットにつきましては引き続き販売しておりますので、どうぞお早めにお求めくださいませ。


投稿者 (み) : 2007年04月17日 20:57

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