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2007年02月20日
クモハ12の思い出 〔実物のわだい〕
▲雪を載せた鶴見行クモハ12が浅野駅に入る。1992年2月。
久しぶりになります、(み)でございます。
すでにRMM139・140号の誌面上でも発表しておりますが、RMM100号の発行記念に付録とした17m旧型国電キット(旧31系電車)がホビダス上で再登場、受注を開始しております(未塗装と塗装済の2種)。ここでは17m旧型国電の中でも、鶴見線で最後まで定期営業を行なっていたクモハ12について、少々振り返ってみるとしましょう。
鶴見線で最後まで残存していたクモハ12はいずれも50番代と呼ばれる両運転台化改造車で、もともとは片運転台のクモハ11形(200番代車、改番前はモハ31形)でした。モハ31は1929~32(昭和4~7)年に製造された初期の鋼製車で、これまでのダブルルーフを廃し丸屋根とした最初の国電でした。戦後の1959(昭和34)年に鶴見線の閑散時用として両運転台に改造されますが、1970年代以降本線の20m車(73系)化・続けて新性能化(101系化)で、わずか1区間の大川支線での封じ込め運用となってしまいました。
当時の大川支線は現在と違い武蔵白石~大川間の折り返し運転となっており、武蔵白石駅に設けられていた支線専用ホームが曲線通過の支障になるとされ、20m車の入線を拒み続けていました。このまま大川支線のみの運用で生涯を終えると誰もが思っていたクモハ12ですが、国鉄民営化を1年後に控えた1986年3月より1994年12月までの間、鶴見駅乗り入れを含めた鶴見線本線での定期運用が奇跡的に復活したのでありました。
この長くも短い8年半の間、鶴見線では単行運転とはいえ、リバイバル気分で旧型国電の走行が楽しめたわけです。今回はその当時の写真で振り返ってみることにしましょう。
▲鶴見へ向けてダッシュするクモハ12。1986年3月、鶴見小野~弁天橋間。
▲海芝浦支線沿線は一面の工業地帯だ。1986年3月、浅野~新芝浦間。
▲白熱灯の光が見た目に暖かい室内。1992年1月、海芝浦駅。
▲海芝浦駅に停車中のクモハ12。1992年1月、海芝浦駅。撮影はすべて(み)。
追っていずれ機会をみて、クモハ12"復活"の序章となった1985~6年の年末年始輸送について触れてみたいと思います。
投稿者 (み) : 2007年02月20日 23:22

