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2006年10月13日
鹿児島交通の昔の車輌 〔実物のわだい〕
こんばんは、(み)です。今月は早め進行の仕事を抱えていただけにしばらくご無沙汰していましたが、気が付くと入稿前のピーク時を迎えてしまいました。そのため前回に続き3回連続にはなってしまうのですが、またも昔の車輌シリーズの蒸し返しです。ただ今回はこれまでの電鉄から少し離れて、非電化ですでに過去の鉄道となってしまった、鹿児島交通線の気動車です。
▲伊作駅で交換するキハ301(左)とキハ102(1982年9月撮影)
現在でこそバス会社となってしまった鹿児島交通ですが、20年あまり前までは薩摩半島の西側を経由する伊集院~枕崎間49.6kmの鉄道を営業していました。前身は1914(大正3)年より順次開通した南薩鉄道で、国鉄指宿枕崎線に先駆けて枕崎まで到達したほか支線も持っていましたが、末期には伊集院~枕崎間の枕崎線のみとなりました。しかし1983(昭和58)年の集中豪雨の被害を受け、一部区間を除き不通になったまま復旧もなされず、翌1984年には全線が廃止となってしまいました。
▲キハ100形 102(伊集院駅・1982年9月撮影)
1952(昭和27)年に6輌が製造された、国鉄キハ07形によく似た気動車です。一見キハ07形の譲渡車と思われがちですが自社発注の新造車で、扉付近のステップの構造もキハ07とは異なり、車体下に格納されたステップが停車時にスライドしてくるという構造でした。
▲キハ300形 303(西鹿児島駅・1982年9月撮影)
1954(昭和29)年に3輌が製造された、国鉄キハ10形によく似た気動車です。こちらも国鉄からの譲渡車ではなく、しかもキハ10よりも早く製造されたという特異な車輌です。伊集院から鹿児島本線を経由し西鹿児島まで乗り入れる運用があり、もっぱらこのキハ300がその任に就いていました。
▲キユニ100形 101(加世田駅・1982年9月撮影)
6輌新製されたキハ100形のうち、101と105は後になって郵便荷物合造車に改造されました。
投稿者 (み) : 2006年10月13日 23:03

