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飯田線生まれの買収国電

こんばんは、(み)です。二週連続になってしまい恐縮ではありますが、本日も昔の車輌シリーズの続編です。今回はつい四半世紀ほど前まで「旧型国電の博物館」として知られていた、国鉄(現:JR東海)飯田線の前身となった私鉄の車輌を中心に紹介します。

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▲高松琴平電鉄820(瓦町駅・1982年2月撮影)

 もと豊川鉄道(現:飯田線豊橋~大海間)のクハ100形101で1940(昭和15)年製。製造時には張り上げ屋根で二扉、室内には転換クロスシートを備えるなど、買収国電の中でもとりわけ豪華車輌であった。1943(昭和18)年の国鉄買収でクハ5610形となり、さらに最後は琴電に譲渡されて電装され、2003年まで活躍した。

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▲高松琴平電鉄810(瓦町駅・1982年2月撮影)

 820と同様、もと豊川鉄道のクハ100形102が前身。国有化でクハ5611となり、やはり5610と同様に琴電へ譲渡された。820とは車体更新などの改造時期が多少異なり、写真の時代では一段窓・シルヘッダー付・張り上げ屋根とより原型の面影が残っていた。アンバランスなグローブ型ベンチレーターは国鉄時代の改造によるもの。

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▲豊橋鉄道モ1712(高師検車区・1979年8月撮影)

 もともとは直接飯田線の前身ではなく、途中本長篠駅から分岐する田口鉄道(本長篠~三河田口間)用の車輌として1929(昭和4)年に新製されたモハ100形102である。当時の豊川鉄道所有のモハ30形と同形とされ、典型的な川崎造船スタイルの外観を持つものの、実際は日本車輌製であった。田口線は国鉄に買収されなかったものの、旧豊川鉄道の車輌と同様に飯田線と相互乗り入れを行なう形での運用がしばらく続けられた。田口線は後に豊橋鉄道の路線となったが、1968(昭和43)年の田口線廃止により渥美線に転属となった。

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▲弘南鉄道クハニ1271(中央弘前駅・1985年2月撮影)

 もと伊那電気鉄道(現:飯田線天竜峡~辰野間)のサハニフ400形404が前身で、当時の伊那電特有の付随荷物合造緩急車であった。もともと軌道線として開業した伊那電では電動車が付随車を牽引するという連結運転がなされており、終端駅で入れ替えを行なう必要があった。国有化後はサハニ7900形となり仙石線で活躍、後に弘南鉄道へ譲渡され、制御車化されクハニ1270形となった。

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▲弘南鉄道クハニ1272(津軽大沢駅・1981年8月撮影)

 クハニ1271同様、旧伊那電のサハニフ400形403が前身で、写真は連結面側。もともと伊那電時代より同形式であった別の2輌が後に日本最初の交直両用試験電車クヤ(→クハ)490形となっている。

2006年9月   

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