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話題のC61 20号機を見る。

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▲非公式側キャブ側面のプレート類。最終配置区であった宮崎機関区の区名札の横には三菱重工業昭和24年第659号の製造銘板が残されている。'09.7.21 華蔵寺公園
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今年2月に毎日新聞が「JR東日本が復活を検討」と報じて以来、注目を集めている群馬県伊勢崎市の華蔵寺(けぞうじ)公園遊園地のC61 20号機を見てきました。さすがに“復活”の噂が流れるだけあって、素人目にもその保存状態はきわめて良好に見えます。

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▲保存場所は各種の遊戯物が備わる公園中心部の最奥。小さな腕木式信号機とともに展示されており、管理公社の手によって手厚くメンテナンスされているだけあってその状態はきわめて良好。'09.7.21 華蔵寺公園
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華蔵寺公園遊園地は財団法人伊勢崎市公共施設公社が管理運営する入園料無料の大遊園地で、C61 20号機はのりものゾーンとも言える遊戯物エリアの奥に置かれています。定期的に塗装を含めた保守がされているとのことで、一見した限りでは欠品や欠損品もなく、白羽の矢が立てられるのもわかります。

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▲“ハドソン”の特徴でもある従台車回り。機炭間距離はハドソン3兄弟のうちで最も短く、この角度から見るとキャブとテンダがかなり接近して見える。'09.7.21 華蔵寺公園
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091028n055.jpgあらためてご説明申し上げるまでもなく、C61形はわが国最初の“ハドソン”(2C2)として1947(昭和22)年に誕生しました。戦後の逼迫した輸送需要を背景に、余剰貨物機D51形のボイラを利用してC57形に順じた新製走行部を組み合わせることによって大型旅客機を作り出そうと計画され、動輪上軸重の増大を抑えるために2軸の従台車を採用して2C2機となったものです。並行してD52形のボイラを流用し、C59形同等の走行部を組み合わせてC62が誕生するわけですが、計画当初はC61形が三菱21輌(うち1輌は試作)、日車12輌、汽車13輌の計46輌、C62形が日立21輌(うち1輌は試作)、川崎15輌の計36輌、両形式あわせて総計82輌とされていたそうです(『国鉄時代』vol.19所収 髙木宏之「瓢箪から出た駒 国鉄蒸機の2軸従台車」参照)。結果はご存知のようにC62形が当初計画を上回る49輌となり、その結果C61形が三菱21輌、日車12輌の計33輌(両形式総計は変わらず82輌)となりました。
▲解説看板によると、総走行距離は2,869,889㎞、約地球71周分とのこと。'09.7.21 華蔵寺公園
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▲直径1750㎜の動輪。動輪間軸距1900㎜+1900㎜はC54以降のパシフィック、ハドソン各形式共通のディメンション。'09.7.21 華蔵寺公園
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わが国初となるメカニカル・ストーカー(自動給炭装置)を採用したC61形は、「SL甲組の肖像」でもたびたび言及されるように、優等列車牽引に際してとりわけ乗務員に歓迎されたようで、東北本線では「はつかり」、「はくつる」(仙台~青森間)、奥羽本線では「日本海」(秋田~青森)、鹿児島本線・長崎本線では「はやぶさ」の先頭に立って栄光の時代を築きました。

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▲C61の特徴のひとつであるメカニカル・ストーカー。写真は機炭間の送りネジのケーシング部(左)。南国・宮崎では取り外されていたスノープラウも装備されている(右)。'09.7.21 華蔵寺公園
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20号機は1949(昭和24)年7月31日の竣功(三菱重工業三原工場製番659)。沖田祐作さんの「機関車表」(本誌300号付録)等によれば、ボイラはD51 1094(1944年日車)のもので、同年8月27日に新鶴見操車場を経由して仙台局に配属(達第174号)、8月30日に青森機関区に配置され、翌1950(昭和25)年1月18日に仙台機関区に転属、東北本線(主に仙台~青森間)で使用されたのち、1966(昭和41)年12月14日付けで再び青森機関区に舞い戻り、無煙化直前の奥羽北線で活躍いたしました。1969(昭和44)年9月12日に土崎工場を全検出場、1971(昭和46)年9月15日に遥か宮崎機関区に転じ、これまた無煙化直前の日豊本線で最後の活躍をしたのち、1973(昭和48)年8月28日付けで休車、同年11月18日付け「工車976号」をもって廃車決済されています。

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▲テンダは舟底型の10-17S形を装備する。なお、テンダのナンバープレートは書体も奇妙で、のちに取り替えられたものと思われる。'09.7.21 華蔵寺公園
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6月11日付けの読売新聞(群馬版)は、5月上旬にJR東日本から伊勢崎市に「再利用する場合には返してほしい」旨の打診があった」と写真入りで伝えていますが、果たしてこのC61 20号機の動態復活は“正夢”となるのか、注目です。

■C61 20号機の現役時代の写真を募集します!
このC61 20号機の現役時代の写真を募集します。仙台区時代、青森区時代、宮崎区時代、カラー、モノクロを問いません。11月4日(水曜日)までに「わが国鉄時代」の投稿フォームにお寄せください。郵送でも結構です。

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