鉄道ホビダス

追憶の入川林用軌道。(上)

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▲現地を訪れたのは確か周囲の木の感じからも1983年の初夏のころだと思います。ひ弱な1号車は小屋の中で休憩中で、2号車と3号車の当番でした。何しろはじめての生きた林鉄の撮影で、自分の足で走りながらの「追っかけ」でしかも当日はあいにくの雨模様と悪条件このうえなしでした。'83年初夏 P:石澤 究
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少々間が空いてしまいましたが、本誌9月号の編集長敬白「入川森林軌道再訪」(→こちら)をご覧になった埼玉県の石澤 究さんから、学生時代にご自身がお出でになった際の体験記と写真をお送りいただきましたので、今日と明日の二日間にわたってお目にかけることにいたしましょう。「つかの間の夏 ~入川森林鉄道復活の日々~」(『トワイライトゾ~ン・マニュアル 5』所収)でも詳しく紹介いたしましたが、川又発電所取水口工事のために入川軌道が奇跡の復活を遂げたのは1983(昭和58)年4月。それから8月末までわずか5ヶ月ほどの、まさにつかの間の夏のことでした。
では以下、石澤さんのレポートをご覧ください。

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▲写真でもお分かりのように、当番の動力車は2号機が横置きエンジンのベルト駆動で、3号車が縦置きエンジンでまだ見慣れた機関車然としていましたがなかなかのゲテモノぶりに感動!2号車はナベトロチックな貨車(ただ台車に索道用のナベを乗せただけ)と足場のような鋼材を乗せた台車2輌編成がティンバー手前で脱線し悪戦苦闘。'83年初夏 P:石澤 究
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先日編集長敬白のページおよびRM本誌に「入川林用軌道」の記事が載り、以前もトワイライトゾ~ンにて拝読いたしておりましたが、とても懐かしくお便りさせていただいた次第です。
私は当年とって48歳になります。
鉄道の趣味は写真を中心に昭和48年頃から始めました。始めたころはまだ小学生ということもあり、またSLの最晩年にも当たりそのほとんどは、実際に写真を撮ったこともなくRMをはじめ諸兄の方々の写真を楽しませていただいております。
また、大変興味を持ったナローの世界も1975年の木曾谷の終焉には中学生で、現地から遠く離れた福岡在住でしたので、テレビや新聞で記事を読んだ程度でライブでの林鉄にはお目にかかれず終いでした。
しかしながら、大学時代に「入川」で林鉄が動くとの情報を聞きつけ、同友2人と現地を訪れることにしました。
今思えば、もっと行けばよかったと後悔しきりですが、モノクロ3本にしっかりと林用軌道の息吹をとらえてまいりましたので、拙作ながら笑覧いただけたら幸いと存じます。

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▲写真ではわかりづらいですが3号車と2号車の続行運転でした。'83年初夏 P:石澤 究
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▲索道との合流点での風景。機関士?さんのスナップをいただきました(左)。中でも感動したのはこの木材列車?です。林鉄ライブ初の私としては大感激。木曾谷他でも日常の風景として展開されたことでしょう(右)。'83年初夏 P:石澤 究
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▲そして、木材を満載した列車?の走行風景です。折からの雨でガスった感じはまるで屋久島にでもいるような錯覚を覚えました(左)。こんな断崖を削っただけの小径をヘロヘロレールが伸びていて興奮の連続でした(右)。'83年初夏 P:石澤 究
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▲ところどころに存在するティンバートレッスルにも感動いたしました。(左)。本線最大の見せ場であるΩカーブでの木材列車です。(右)。'83年初夏 P:石澤 究
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