鉄道ホビダス

名残の北陸鉄道加賀一の宮を訪ねる。(中)

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▲加賀一の宮で折り返しを待つ7701F。旧東急電鉄7000系ばかりの石川線にあって、7701Fは唯一の旧京王電鉄3000系。'09.9.20
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終点の加賀一の宮駅は1927(昭和2)年に金名鉄道が開設した駅で、当初十年ほどは「神社前」という駅名でした。全国の白山神社の総本社である白山比咩(しらやまひめ)神社参詣の玄関口としての位置づけだっただけに、駅舎も実に凝った造りとなっており、その威容は今なお衰えてはいません。

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▲「石川総線」全盛期の鶴来周辺地形図。加賀一の宮からはさらに白山下へ金名線が、鶴来から西進して新寺井へは能美線がネットワークを形成している。 国土地理院発行1:50000地形図「鶴来」1975(昭和50)年修正・発行より。
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かつてはここ加賀一の宮から白山下まで金名線が続いていましたが、1983(昭和58)年に手取川橋梁の岩盤崩壊で部分不通となり、翌年、仮復旧されたものの、結局、1987(昭和62)年4月に廃止となってしまいました。現在でも加賀一の宮駅下り方には僅かながら線路が残されており、往時を偲ぶことができます。

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▲1927(昭和2)年に金名鉄道の「神社前」駅として開業した加賀一の宮駅は、その旧名称からも知れるように、白山比咩(しらやまひめ)神社の最寄駅。築80年以上となった駅舎はまさに寺社仏閣の趣。'09.9.21
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090924n005.jpg今では無人となってしまった加賀一の宮駅ですが、初詣シーズンはたいへんな賑わいだったそうで、駅舎内の改札口のほかに外にも臨時改札口の名残を見ることができます。また、かつては2面2線対向式の構内配線となっており、現在公園(古宮親水公園)となっている西側部分にもホームがありました。金名線末期に訪れた当時は、白山下まで直通する列車は昼間時間帯にはなく、多くの列車がこの2面2線の加賀一の宮駅で野町へと折り返していました。
▲駅舎上り方より妻面を見る。画面右奥がホーム。'09.9.21
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▲夜の帳が降りると、駅周辺はうるさいほどの虫の音に包まれる。発車を待つ電車の明かりがあたたかい。'09.9.20
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天井の高い待合室も一種独特の雰囲気で、賑わったであろう出札窓口もその姿を残しています。現在はワンマン運転のためすべて車内精算となっており、切符類を入手することはできませんが、合格祈願とあわせた加賀一の宮駅の硬券乗車券を鶴来駅窓口で購入することができます。

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▲加賀一の宮駅の周りにはローカル私鉄を実感させてくれる貴重なアイテムがいくつか見られる。鐘撞式の踏切警報機(左)や、シンプルトロリーの架空線(右)などもしっかりと目に焼き付けておきたいもの。'09.9.21
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▲停止位置から先の線路はすでに草生してしまい、かつての金名線の栄華を思い起こすことはできない。画面左がかつての対向ホーム跡。'09.9.20
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090924n017.jpgところで、この加賀一の宮駅構内に入る手前の踏切に懐かしいものを見つけました。あの鐘撞式の踏切警報機(アーカイブ「“鐘撞き”の踏切」参照)です。今年は十和田観光電鉄三沢駅でも鐘撞式の踏切警報機を見かけましたが(アーカイブ「十鉄三沢駅を訪ねる」参照)、周囲が静寂に包まれたここ加賀一の宮の“鐘の音”は風情も格別で、お出でになった際にはぜひとも耳を澄ましてあの懐かしいアナログな踏切警報音をお聴きいただきたいものです。なお、同様の鐘撞式は鶴来駅を出た市街地の踏切でも見かけましたので、ほかにもまだ残存しているのかも知れません。
▲上の写真を撮影した廃線跡の踏切、というよりはかつての生活通路。歴史を感じさせる蔵の横の石積み階段が印象的。手前左側がかつての対向ホーム。'09.9.20
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▲廃止から22年、その名のとおり金沢と名古屋を結ぼうと壮大な夢を描いた金名線の線路は、森に包まれて静かに自然に還ろうとしている。'09.9.21
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