鉄道ホビダス

近江鉄道「フホハニ」のダイヤグラム。

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▲まるで時間が止まったかのような情景が残る多賀線とのジャンクション高宮駅。フホハニ32・33もこのホームで荷扱いをしていたのだろうか…。'09.8.15
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先日2日にわたってご紹介した「近江鉄道桜川駅の謎の廃車体を探る」には多くの方から反響をいただきましたが、京都にお住まいの美濃功二さんからは、桜川の廃車体の“母体”となったと思われるフホハニ32・33が最後の活躍をしていた昭和18年時点のダイヤグラムをお送りいただきました。非常に興味深い史料ですので、以下、美濃さんの解析とともにご紹介させていただきたいと思います。

090909n003.jpg「近江鉄道桜川駅の謎の廃車体を探る」を読んで、フホハニという形式が出てきたので、手持ちのダイヤグラムの事を思い出し、その画像をお送りしますのでご覧下さい。
ダイヤグラムは改正日等の表記はありませんが、米原で接続する東海道線列車時刻と貴生川での省線接続に信楽線が無い(恐らく戦時休止か)こと、高宮~多賀間の駅名(土田停留場)が省略(これも戦時休止か)されていることから昭和18年10月1日改正と推察されます。

▲八日市で顔を合わせる貴生川行き1802と彦根行き1809。近江八幡~八日市(新八日市)間は八日市鉄道合併(1944年3月1日)区間のため、今回のダイヤグラムにはまだ記載がない。'09.8.15
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このダイヤグラムには郵便取り扱い列車(〒マーク付)やフホハニ連結列車(フホハニと明記)が明示されており、改造間もないフホハニの運用実態が判る史料です。それ以外にも手続き上休止されたはずの土田停留場も、休止前と同じく一日数本客扱いがあったり、「車禁」や「荷禁」(これは荷物扱い禁止列車か?)等の意味不明の記入もあり、戦時中の輸送実態について興味が尽きません。このダイヤグラムを今回のフホハニ車輌の研究に役立てていただければ幸いです。

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▲八日市~貴生川間にはかつての貨物・荷物扱いを偲ばせる施設がいくつも見られる。ここ水口駅でも1972(昭和47)年まで貨物扱いが行なわれていた。'09.8.15 水口
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お送りいただいたダイヤグラムを改めて見てみると、貴生川6:49→米原8:11の第4列車、米原13:20→貴生川14:46の第9列車、貴生川15:08→米原16:31の第14列車、米原17:11→貴生川18:36の第15列車の2往復4本に「フホハニ」の表記が認められます。とすると、フホハニは貴生川でいわゆるマルヨとなり、翌早朝の第4列車でまた運用が始まる行路であったことになります。

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▲美濃功二さんがお送りくださった1943(昭和18)年10月改正と思われる近江鉄道列車ダイヤ。フホハニ連結列車をはじめ、見れば見るほど興味が尽きない。
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いずれにせよ、このダイヤグラムが1943(昭和18)年10月改正時のものだとすると、フホハ32・33から荷物合造車化された(同年3月6日認可)わずか半年後の運用ということになります。この当時、あの廃車体に残されたドアから盛んに荷物の積み卸しが行なわれていたのだと思うと、万感迫る思いです。
美濃功二さんほんとうにありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。

※明日はホビダスオフィシャルブログのシステム・メンテナンス(バージョンアップ)のため、小ブログは休載とさせていただきます。あしからずご了承ください。

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