鉄道ホビダス

さようなら、そしてありがとう、“デカペン”。

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▲最近ではとんと出番がなくなったものの、愛着もひとしおだけに“元箱”も保存してある。店頭用のプライスタグには¥103,500の表示が見える。
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先週、HOYA株式会社PENTAXイメージング・システム事業部からショッキングなお知らせが届きました。“中判フィルムカメラ「PENTAX 67Ⅱ」「PENTAX 645NⅡ」生産終了のお知らせ”です。

090331n012“デカペン”と愛称される67をはじめとしたペンタックスの中判カメラは、鉄道写真の世界ではいまだに根強い人気があり、ことに作品創りに拘りを持つハイアマチュアの皆さんからは絶大な信頼を得ています。それだけに今回の生産終了にショックを受ける方は多いはずです。
ペンタックス初の中判一眼レフ「アサヒペンタックス6×7」が発売されたのは、いわゆる「SLブーム」全盛期の1969(昭和44)年のことでした。国鉄末期の1984(昭和59)年にはセミ判フォーマットの「ペンタックス645」が加わり、レンズが共用できることもあって、撮影地には「6×7」と「645」の砲列が現出することとなります。その後「6×7」は1989(昭和64)年に「67」に名称変更、1998(平成10)年には「67Ⅱ」へと進化を遂げて今日に至ります。
▲2度にわたる大修理を経たわが“デカペン”。軍艦部も1989年以降の“67”表記のものに交換されてしまっている。
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私が“デカペン”こと「アサヒペンタックス6×7」を手に入れたのは1970年代の終わり。長年の中判カメラへの夢が叶ったこの時の感激は生涯忘れることができないでしょう(『鉄道写真1999』所収「デカペンへの路」参照)。以後ながらく「6×7」はメインカメラとして活躍することになります。ちなみに私のボディはミラーアップ機能(1976年~)が付いた後期型。クイックリターンミラーが上がった時のショックを嫌って、“止まり”はもとより“走り”撮影の際も左手薬指で瞬間的にミラーアップする変わった手持ち撮影方法を通していました。

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2度にわたる大修理を経て、各部が1989年以降のパーツに代えられてサイボーグ状態となったわが“デカペン”ですが、近年はとんと出番もなく惰眠を貪る日々が続いています。今回の生産終了の報を聞いて改めて取り出してみると、忘れていたあの重さとゴロっとしたあの手触りに、数多の“古戦場”が脳裏に甦ってくるのでした。
▲“現役”時代の標準的アウトフィット・セット。皮製のトランクにボディーとレンズを分解して収納していた。露出計は英国ウェストンのユーロマスター。
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生産終了は本年9月。4月以降「67Ⅱ」が約250台、「645NⅡ」が約450台生産されて、実に40年にわたって続いてきたペンタックス中判フィルムカメラの歴史は幕を閉じることになります。

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※『西武だいすき』は、駅売店をはじめ即日完売店が続出し、たいへんご迷惑をお掛けしております。4月1日には追加販売できる予定です。

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