鉄道ホビダス

名残のブルトレ牽引機関車撮影会。

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▲JR西日本下関地域鉄道部に最後に残されたブルトレ牽引機は10輌。53号機の先頭に燦然と輝く「富士・はやぶさ」のヘッドマーク。'09.3.1 田町車両センター
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昨日、一昨日とJR東日本東京支社の『ブルトレ牽引機関車撮影会と「鉄道博物館」の旅』(→こちら)が開催されました。これは3月14日のダイヤ改正で消える寝台特急「富士・はやぶさ」を末永く記憶にとどめようと“びゅう商品”として企画されたものですが、なにより注目なのは旧東京機関区(現田町車両センター)での機関車撮影会でした。

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▲機関車庫前に並んだ歴代の特急牽引機たち。右の4番線からEF66 53〔関〕、3番線EF65 1106〔田〕、2番線EF65 501〔高〕。'09.3.1 田町車両センター
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団体ツアー形式で行なわれたこの『ブルトレ牽引機関車撮影会と「鉄道博物館」の旅』、3月1日(日曜日)は、「さくらコース」(撮影会13:00~13:25)、「みずほコース(撮影会14:00~14:25)、「はやぶさコース」(撮影会15:00~15:25)、3月2日(月曜日)は「富士コース」(撮影会13:00~13:25)、「あさかぜコース」(撮影会14:00~14:25)、「銀河コース」(撮影会15:00~15:25)と、それぞれ縁のネーミングを冠した計6コース。各コース100名の募集定員に対して700名以上の応募があり、その人気の高さを再認識することとなりました。

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▲ひさしぶりの「里帰り」となったEF65 501には「あさかぜ」。隣のEF65 1106号機には「さくら」のヘッドマークが掲げられた。'09.3.1 田町車両センター
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090303n005.jpg初日の3月1日ははるばる高崎から駆けつけたEF65 501〔高〕に「あさかぜ」のヘッドマークが、EF65 1106〔田〕に「さくら」のヘッドマークが、そして2列車「富士・はやぶさ」で上ってきたばかりのEF66 53〔関〕にはもちろん「富士・はやぶさ」のヘッドマークが掲げられました。ちなみにEF65 1106号機は「さくら」がPF化された際の最初の牽引機そのもので、こんなところにも拘りが感じられる撮影会でした。
▲報道関係者に公開された田町車両センターでの撮影会。11線あった構内も、今や使われているのは一部だけとなってしまった。'09.3.1 田町車両センター
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▲EF66 53〔関〕の堂々たる面構え。撮影会終了後、1列車下り「富士・はやぶさ」牽引へ…。'09.3.1 田町車両センター

ところで、会場となったかつての東京機関区は「富士・はやぶさ」の終焉とともにその役割を終えます。東京・八重洲にあったその名も「東京機関区」が現在の芝・札の辻に移転したのが1942(昭和17)年11月。以来、比肩するものないエリート機関区として文字通り日本の近代化を引っ張ってきました(『「SL甲組」の肖像1』所収「栄光の紋章「東」その名も東京機関区」参照)。私たちファンにとってもEF58 61号機を筆頭に、「東」の区名札は常に憧れの対象であったのです。

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▲撮影会を終えた53号機は当日の1レの先頭に立った。品川駅定時通過。いよいよ3月。ラストランまであとわずか。'09.3.1 東海道本線品川 P:榎本 守さん (「今日の一枚」より)
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『模「景」を歩く』で東京機関区(品川運転所)をつぶさに取材したのはかれこれ14年前のことでした(『模「景」を歩く』参照)。当時、特急牽引機が埋め尽くしていた構内は撮影会の一角を除いてひっそりと静まり返り、そこからもまもなく機関車の姿が消えようとしています。すでにうっすらと錆の浮きはじめた出入庫線のレールを目にしながら、2週間後に迫ったダイヤ改正を実感したのでした。
取材協力:JR東日本東京支社

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