鉄道ホビダス

千葉にC57 180がお目見え。

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▲景勝地・鋸山をバックに保田付近をゆくC57 70〔佐〕。本機は新津から転入してきたC57だが、皿付きの回転式火ノ粉止めにLP405形シールドビーム、大宮工施工煙室扉ハンドル、形式入りナンバープレートと典型的な千葉局スタイルに見える。わずかに見えるドーム前手すりだけが長野工式施工の名残を留める。佐倉区に最後まで残ったC57の1輌でもあった。'68.8.15 房総西線保田 P:笹本健次
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来月2月13日(金)、14日(土)、15日(日)に千葉みなと―木更津間で運転される「SL春さきどり号」が新潟支社のC57 180号機で運転されることとなりました。これは当初予定されていたD51 498が不調のための代替処置ですが、はからずも千葉県内から現役C57の姿が消えて40年目、鉄道百年でC57 1がイベント運転されてから37年ぶりのC57登場となります。

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▲この房総東線221レ(両国─勝浦)をもって都内発の蒸機旅客列車は廃止となった。薄暮の中C57 105〔岩〕は、歴史の中に走り去った。’69.8.20 西船橋 P:長谷川武利さん (ブログ「わが国鉄時代」より)

1972.10C57-1.JPGこの「SL春さきどり号」はJR東日本千葉支社管内で開催される「おいでよ房総 春!さきどり」キャンペーンの一環として運転されるもので、木更津を朝「DL春さきどり号」として出発した列車は、千葉みなとで今度はC57を先頭とした「SL春さきどり号」として折り返して木更津へと戻ります(下記運転時刻参照)。営業運転初日の2月13日(金曜日)には千葉みなと駅において出発式も執り行われる予定で、沿線は歓迎ムード一色となるはずです。

▲総武本線を走ったC57 1です。鉄道百年の年でした。まだDC時代の「水郷」や「犬吠」が、この付近で顔を合わせていました。東京近郊での初めての蒸気機関車撮影でした。 '72.10.1 佐倉─南酒々井 P:板倉幸弘さん (ブログ「わが国鉄時代」より)

■千葉鉄道管理局管内の蒸気機関車配置の変遷
090122n003.jpg旧千葉鉄道管理局管内、とりわけ房総地区では戦後ながらくC58と8620が主力を占めていました。手元の1960(昭和35)年版動力車配置表では、千鉄局管内のC57の配置は千葉機関区の125、129、160、161、164号機の5輌のみ。佐倉機関区の配置はC58が18輌と8620が12輌でした。佐倉区にC57が姿を見せるのは、常磐線勝田電化によって尾久機関区、水戸機関区等のC57が転配されてからのことで、そう考えると房総でのC57の活躍は1969(昭和44)年の無煙化までわずか十年に満たない歳月だったことになります。私たちファンにとって千葉=C57のイメージが根強いのは、都心発着の最後の蒸機牽引旅客列車となった上野や両国でのC57の姿があまりに強く脳裏に刻まれているからかもしれません。
▲『ドキュメント 感動の所在地2』より
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■「SL春さきどり号」編成図
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■運転時刻
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▲JR東日本プレスリリースより。

無煙化2年前、1967(昭和42)年時点での千鉄局管内のC57の配置は、新小岩機関区に33、125、129、160、161、164の計6輌、佐倉機関区に8、31、55、59、70、71、77、85、105、114、134の計11輌(『ドキュメント感動の所在地2』所収「墨東の残煙 総武本線両国口」参照)。すべて1次型と2次型で、180号機のような3次型(170~189)は含まれていません。そう考えると、房総に初めて足跡を印す3次型C57となる180号機が、果たしてどんな出で立ちで登場するのかも楽しみです。

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