鉄道ホビダス

春を待つ上越国境。

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▲本務(EF15)次位に無動回送を従えて三重連となった下り貨物列車が第二魚野川橋梁を行く。'80.3.28 土樽-越後中里
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1982(昭和57)年11月の上越新幹線開業以前、スキーシーズンともなれば上越線は「小出スキー」「石打スキー」…といったスキー臨でたいへんな賑わいを見せていました。もちろん関越自動車道もまだ全通していませんでしたから、首都圏から上越国境にひしめくゲレンデへのアクセスはもっぱら国鉄上越線が担っていたわけです。

090111n002.jpgしかも「とき」や「佐渡」といった日本海縦貫線連絡の特急・急行が雁行してダイヤを形作っていたのですから、ファンにとっては実に魅力的な路線でした。そして、さらに私たちを魅了したのが水上機関区と長岡機関区に配置されていたEF16たちでした。上越国境でシェルパ役を担うEF16は板谷峠から転じてきたいわゆる“福米型”0番代2輌を含め総勢14輌。水上~石打間で演じられるシェルパEF16の補機運用は、当時の上越線のハイライトシーンのひとつでもありました。
▲越後中里をあとに第二松川隧道への20‰を上るEF16+EF15の上り貨物列車。'80.3.28 越後中里-土樽
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▲第二魚野川橋梁を行く181系2008M「とき8号」。ロザ2輌、ハザ7輌、自由席3輌の12輌編成。'80.3.28 越後中里-土樽
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そのEF16に転機が訪れたのが1980(昭和55)年、EF64 1000番代の誕生でした。24号機、27号機を皮切りに、まさに櫛の歯が抜けるように廃車が進み、結局、上越新幹線開業を見る前にEF16は形式消滅してしまいます。

090111n004.jpg最後にEF16の姿を目にしたのはその1980(昭和55)3月のことでした。谷川連峰の稜線もくっきりと見渡せるまたとない好天に恵まれた一日、ひっきりなしに行き交うEF16はもとより、181系「とき」、165系「佐渡」「よねやま」…等々、今となっては垂涎の列車・車輌と至福の時を過ごしました。ペンタックス67に装着した200㎜レンズを通してファインダーに飛び込んでくる彼らの姿を、まるで昨日のことのように思い出します。
▲165系の3602M急行「よねやま」。直江津から信越・上越経由で上野を目指す。'80.3.28 越後中里-土樽
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▲越後中里を発車する下り貨物列車。先頭に立つEF16のラストナンバー31号機(水上機関区)はこの写真の3ヵ月後に廃車となった。'80.3.28 越後中里
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ひるがえって今日、上越線在来線、とりわけ水上~越後湯沢間の閑散ぶりには言葉を失います。EF16が唸りをあげ、181系「とき」が12輌編成で快走した上越国境は、今や遥か昔語りとなってしまったようです。

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