鉄道ホビダス

最古の桟橋ナロー Hythe Pier Railway。(上)

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▲タタン、タタン…リズミカルな遊間音が今日も桟橋に響く。わずか600メートルあまり(2000フィート)を結んで、ハイス・ピア鉄道の2フーターは87年もの間変わることなく走り続けている。'08.10.23
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あらためまして、明けましておめでとうございます。本年も小ブログ「編集長敬白」をよろしくご愛読のほどお願い申し上げます。
さて、新年早々からナローゲージの話題で恐縮ですが、昨秋のエキスポ・ナローゲージ(→こちら)で渡英した際に訪れた奇妙な桟橋ナローをご紹介してみることにいたしましょう。

Hythmapfig1.jpg以前にも触れたように、英国ナローゲージ・レイルウェイ・ソサエティーが毎年発行しているアニュアル・レポートによれば、イギリスとアイルランドに現存するナローゲージ鉄道は実に439箇所。もちろん大半が保存鉄道やミニチュア・レイルウェイですが、未だに現役の実用鉄道も少なからず含まれています。今回の渡英でも、限られた時間ながら、どうせなら一箇所だけでも“実用”として活躍しているナローに触れてみたいと考えておりました。しかしBord na Mona(ボード・ナ・モナ→こちら)のようなインダストリアル・サイトはさすがにロンドン近郊には存在しません。そんな時にハタと思い出したのがハンプシャー州にある現存最古の桟橋ナロー“Hythe Pier Railway”です。
▲ハイスはロンドンから高速M3を下りA326号線を南下し2時間あまり。地図を見れば湾を挟んだサウザンプトンとの間は陸路だと大迂回となることがわかろう。'08.10.23
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▲これが機関車! ひと目ではどうなっているのか理解できない珍奇な形態。丸い屋根、なぜか張り出した“おでこ”、そしてとぐろを巻く電線はさながら蛸(タコ)を連想させる。'08.10.23
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Hythe(ハイス)はロンドン市内からでも高速を飛ばせば2時間程度の道のり。しかもインダストリアル・サイトと違って仮にも営業鉄道ですから、現地に行ってみたものの動いていなかった…などという笑うに笑えない事態も回避できそうです。

Hythe004.jpg古くから軍港として知られ、あのタイタニック号出航の地でもあるサウザンプトンと湾を挟んで対岸に位置するハイスの町は、古くからその生活基盤をサウザンプトンに依存してきました。しかし、直線距離では目と鼻の先であるにも関わらず、陸路では大迂回を余儀なくされるため、19世紀から湾を船で渡るさまざまな術が試みられてきたといいます。さながら河川のような距離だけに渡船なら何の造作もないと思いがちですが、ハイス側は堆積砂が入江を遥か彼方まで埋め尽くし、信じられないほどの“遠浅”となっているため、手漕ぎのボートくらいしか着岸できないのです。
▲ハイスは観光ガイドにも出ていない海沿いの田舎町。30分も歩き回ればすべてを見尽くしてしまうほど小さな市街だ。'08.10.23
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▲到着したフェリーからの客を乗せ桟橋を戻ってくる列車。早朝6時から深夜23時までそのフリークェンシーの高さは侮りがたいものがある。背後はサウザンプトン。'08.10.23
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そこでハイス側に延長2000フィートの桟橋を建設し、その突端からサウザンプトンへフェリーを就航させようという計画が持ち上がったのが1870(明治3)年のことでした。紆余曲折ののち、1879(明治12)年から建設の始まった桟橋(pier)は1881(明治14)年に完成、これを受けて蒸気船による両岸のフェリー連絡が開始されました。

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▲桟橋の袂に設けられたささやかな駅舎(左)。ホーム(右)の対面にはこれまた小さな車庫がある。'08.10.23
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この桟橋の完成によって10人乗り手漕ぎボートで一時間以上を要していた両岸の連絡は200人乗り蒸気船によって格段に効率化されましたが、今度はこの延長600メートルにも達する桟橋そのものが大きな問題となってしまったのです。

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▲駅舎兼事務所にはチケット窓口も設けられているが、大半の客はホームの自販機(左)でチケットを買う。自販機の横にはドーネーション(寄付)を呼び掛ける看板(右)も。'08.10.23
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Hythe041.jpg海上に突き出した吹きさらしの桟橋を延々と歩かされる乗船客にとっては、天候によっては生命の危険さえ感じかねません。そこで1914(大正3)年にはこの桟橋上に軌間2フィートの軌道を敷設し、賓客は手押しトロリーで輸送することとなりました。この手押しトラムウェイがHythe Pier Railwayの原形で、第一次世界大戦後の1922(大正11)年には直流200ボルトで電化・動力化が図られました。現在使用されている車輌は何とこの時点で導入されたもので、基本的に87年間にわたってほとんどそのスタイルを変えることなく生き続けているのです。
▲窓口ではフェリーを利用せずともピア・トレインに乗るだけのチケット(1£)も購入できる。'08.10.23
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▲遠浅と表現するにはあまりに広大な浅瀬が視界いっぱいに広がる。群れ飛ぶカゴメとピア・トレインの組み合わせは20世紀初頭から何ら変わってはいない。'08.10.23
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イギリスをはじめ、ヨーロッパ各国にはこういったピア・トレインが少なからず存在しますが、このハイス・ピア鉄道ほど歴史が古く、なおかつシーラカンス的にその姿をほとんど変えることなく実用鉄道として現代に生き残っている例はほかになく、現在ではかのギネスブックにも現存する世界最古の桟橋鉄道として登録されているそうです。

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