鉄道ホビダス

横浜港で“出土”した転車台群。(下)

080906n105.jpg
▲改めてメジャーで軌間を測る。枕木が朽ちてしまい、しかも地盤の変動もあってか、かなり幅があるものの、概ね3’6”と考えて間違いはなさそうだ。なお、レールもかなりの錆び様で詳細は鑑定できないが、30kg/m程度の斤量と思われる。'08.9.5

今回“出土”した転車台群はいったいいつ頃、何の目的で使用されていたものだったのでしょうか。その謎を解く鍵が横浜開港資料館に残されている1910(明治43)年頃に撮影されたと思われる大桟橋の写真に残されていました。

080906n101.jpg080906n104.jpg
▲転車台中央部のハッチを外してその内部を見る。左はセンターの軸、右は回転後に位置を固定するためのフック。'08.9.5
クリックするとポップアップします。
080906n102.jpg08906n103.jpg
▲ピットの深さは950㎜ほどで、内壁は煉瓦で巻かれている。右は内部に取り付けられている回転用ローラー。'08.9.5
クリックするとポップアップします。

この写真を見ると、画面右隅、つまり大桟橋の付け根の辺りにまったく同形の転車台が写り込んでいます。しかもよくよく見ると大桟橋突端に向かって複線の軌道がのびているのも見てとれます。つまり、この転車台とそれに紐づく軌道は大桟橋からの荷役用であったと類推されるわけです。

080906n10n107.jpg今回発見された現場は横浜税関本関庁舎の目の前であること、さらにはこれほど完全ではないものの、さらに庁舎側にも複数の転車台ピット跡が発掘されていることから、どうやらこの付近に保税倉庫のような大規模な施設があったものと思われます。つまり大桟橋で卸された貨物は軌道で桟橋を渡り、付け根の部分の転車台で向きを変えて西進し、今回発見された転車台群の位置に至るという寸法です。発掘された転車台は海岸線に対して直角方向に4基並んでおり、少なくとも海岸線と並行に4線の軌道が敷設されていたことになります。
▲発掘現場全景。背後には横浜開港資料館やホテルが並び立っている。'08.9.5
クリックするとポップアップします。

zounohana201.jpg
▲旧高架橋を利用した「開港の道・山下臨港線プロムナード」下に掲げられた1910(明治43)年頃の横浜港を撮影した写真。なんとこの写真の右隅に件の転車台が写り込んでいる。'08.9.5

大桟橋は1923(大正12)年の関東大震災で大きな被害を受け、昭和初期に大規模な復旧工事が行われていますが、転車台の遺構の上に大量の“震災ガラ”が積まれていることから考えると、震災によって軌道は放棄されてしまったものと思われます。とすれば、大桟橋の創建が1894(明治27)年ですから、この転車台が稼動していた可能性があるのは、1894年から1923年にかけての30年ほどということになります。

zounohana080906nfig1.jpgzounohana080906nfig2.jpgzounohana080906nfig3.jpg
▲左端では今や観光名所ともなっている新港埠頭の「赤煉瓦倉庫」(1911~1913年竣工)が建築中。中央の大桟橋は1894(明治27)年に造られたもので、右端を見ると桟橋上に複線軌道が敷設されているのがわかる。'08.9.5
クリックするとポップアップします。

zounohana01nmoji.jpg
▲そのアップ。大桟橋上をのびてきた軌道は桟橋付け根の辺りで転車台に突き当たって90度向きを変える。今回“出土”した転車台はさらに画面下方向に進んだ位置にあり、保税倉庫のような場所への荷役用であったのかもしれない。'08.9.5
クリックするとポップアップします。

ちなみに、戦後になってこの転車台遺構の上に東西上屋の倉庫が設けられたのは昨日ご紹介したとおりですが、この倉庫、なんと旧海軍霞ヶ浦航空隊で使われていたものを海上運搬してきたものだったのだそうです。すでに跡形もなく撤去されていますが、この地には様々な歴史がひしめくように存在していたわけです。

080906n108.jpg
▲今回現地を視察した日本鉄道保存協会の顧問の皆さん。右から青木栄一先生、小池 滋先生、交通博物館菅 建彦館長、米山淳一さん、そして座っているのが私。ちなみに顧問はあとお二方おられ、竹島紀元鉄道ジャーナル社社長と産業考古学会の堤 一郎先生はご都合がつかずお出でになれなかった。'08.9.5
クリックするとポップアップします。

さて、この転車台遺構が今後どのような形で残されていくのか、はたまた一般公開されるのかはまだ決まっていません。ただ、開港150周年に向けた「象の鼻地区」の再整備のなかでは、この転車台遺構のほかにも旧横浜税関倉庫の基礎や象の鼻防波堤の石積みなども“出土”しており、歴史的建造物や近代化遺産などをまちづくりの重要な資源として高く評価し「歴史をいかしたまちづくり」を進めている横浜市だけに、遠からず保全活用の途を拓いてくれるに違いありません。

keihaku-banner3a.jpg

レイル・マガジン

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2016 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.