鉄道ホビダス

ブロニカS2の“引き蓋”。

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新橋駅前にある創業60年という老舗中古カメラ店「大庭商会」がこの4月30日をもって営業を終えると知ったのは、うかつにも先週末になってからのことでした。二階のあのケースにあった○○は、そういえば××もあったはずなどと押っ取り刀で駆けつけてみたものの、案の定、時遅かりし、すでにどのショーケースも“蚕食”され尽くしたあとでした。

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▲ゼンザブロニカS2は6×6判クイックリターン式マニュアル一眼レフの最終完成型として1965(昭和40)年に誕生した。時あたかも“SLブーム”前夜。まさにブームを駆け抜けた機種のひとつであった。右は引き蓋を半分引いた状態。
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そんななか、せめて記念の品に何かと物色している際に目に止まったのが、階段横のショーケースに束になって置かれていたゼンザブロニカS2の“引き蓋”です。リビルト品らしく鋼線のハンドルのないただのステンレス板といったところですが、実はかねてよりいつかは調達せねばと気になっていたもので、さっそく一枚買って帰ることにしました。

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▲軽量強靭な一体鋳造のスウェーデン鋼が美点のハッセルブラッドに比べると、残念ながらブロニカS2は1.3倍ほど重い。左は引き蓋を半分引いた状態。本来は弓型を描く鋼線製のハンドルが付く。右は巻き上げクランク側。
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というのも、私のブロニカS2はいつの頃からか“引き蓋”が行方不明になってしまっており、フィルムマガジンが外れないばかりか、空シャッターも切れない状態だったのです。お使いになったことのある方ならご存知と思いますが、このフィルムマガジンの引き蓋は、マガジン取り外しの際のロックになっているとともに、基本的にマガジンを外した状態でないとシャッターコッキングができないのです。

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ある日、しばらく使っていないのでせめて空シャッターだけでもと我がS2を引っ張り出してみたものの、あれっ、引き蓋が付いていないではないですか。どこかに無意識にしまったのでしょうが、これがいくら探しても見つかりません。結局その日以降、一度も空シャッターを切ることもなく、我がブロニカS2は20年近くも惰眠を貪ることとなります。
▲引き蓋を強く奥まで押し込むとフィルムマガジンが外れる(左)。フィルムの交換はマガジンを外さずとも可能で、フィルムさえ装填すれば引き蓋がなくてもシャッター・チャージが出来る。
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後日、この手のカメラの“裏技”にめっぽう詳しい方に伺ったところでは、引き蓋を入れず、マガジンも外さずに空シャッターを切る裏技、いや荒技もあるそうです。フィルムマガジンの220フィルム切り替えノブがスプールの回転軸も兼ねており、巻き上げクランクの回転に合わせて空転しますが、このノブを空転しないように強引に押さえ込んで巻き上げるとセルフコッキングが効くというものです。試してみましたが、かなりの力が必要なのと、なにか取り返しのつかない壊れ方をしそうで、決してお勧めはできません。

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▲我がS2が最後に稼動した頃の一枚。倶知安で通票を受ける函館発旭川行き下り121レ。牽引機は小樽築港区のDD51 716で、区名札差に入れられた伝統の「築」と重連総括を示す「重」の文字が懐かしい。拡大するとわかるが、このコマはきちんとフィルムの平面性が出ているようで、平面性とブレさえ押さえ込めば、ニッコール75㎜の解像力はすこぶる良い。'85.1.1 倶知安
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いずれにせよ、大庭商会さんの最後の放出品で、我がブロニカS2には再びあの盛大なシャッター音が甦りました。“ブレニカ”と揶揄された後退式クイックリターンミラーのショック、シャッターコッキング時のガキッという決して気持ちの良くはない音、そして常に悩まされたフィルムの平面性と、多難な印象ばかりが甦ってきますが、それでも私にとって“ハッセル前夜”の日々を共に歩いた大切な一台ではあります。期せずして引き蓋も手に入ったことですし、今度の休みは久しぶりにフィルムを詰めてみることにしましょうか…。

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