鉄道ホビダス

塩田のナロー続報。 動画付

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7回にわたってお送りした「遼東半島に未知の大ナローゲージ網を探る」には、多くの方(もちろんナローファンの方…)から数多くの熱いメッセージを頂戴いたしましたが、今日はそのなかから、寺田牧夫さんからお送りいただいたたいへん興味深いお便りを紹介してみたいと思います。まずはそのメールをご覧ください。
▲車窓から捉えた謎のナロー。遥か彼方にブルーの小さな機関車に牽かれた列車の姿が…。この写真は300mmレンズでほぼノーカット。'84.10 P:寺田牧夫

昨日の普蘭店のナローについてのブログ、興味深く拝見させて頂きました。実は20数年前、1984年10月に朗郷森林鉄道の帰路に、大瀋線列車の窓から遠方をトコトコ走る、貼付のようなトロッコを見つけてあわててカメラを向けました。当時のメモに普蘭店駅到着前と書いてありましたので、北方5?10kmくらいの地点右(西)側だと思います。当時は何も情報も無く、HP上で呼びかけてみましたが、現在に至るまで全く手がかりがありませんでしたが、ブログを拝見して何か関係があるかと思いメールさせて頂きました。

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地図を見ますと海からは少し距離があるようですが、積み荷が白っぽくて塩のようにも見えます。製塩工場へ向かう姿かもしれません。機関車は子供が絵に描いたような機関車で、現在のものとは違いますが、20数年の経年では代替わりも当然あるかと思います。
▲こちらはその後のカットを思い切りトリミングしたもので、35ミリ判カメラで1000mm相当くらいに拡大した換算となるという。L型車体を持つ機関車であることがわかる。'84.10 P:寺田牧夫

最初の写真は300mmレンズでほぼノーカット、2枚目はその後のカットを思いっきりトリミングしたもので、1000mm相当くらいになっていると思います。本線からは1km以上離れているかもしれません。あわてて撮影したためあまり良い絵ではありませんが、ご参考になれば幸いです。

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添付された写真を拝見して、おもわず「やっぱり」と膝を叩く思いでした。と申しますのも、かつて鉄道とはまったく関係ない旅行者のサイトで、普蘭店で散歩中に遭遇した小さな列車が画像付きで紹介されていたことがあり、今回の訪中でもその正体を解明したいと思ったからこその普蘭店連泊だったのです。
▲普蘭店市街に隣接して塩田の表記が見える。鉄路局沈大線が普蘭店駅に入る手前で、寺田さん撮影の塩場と思われる。名前はその名も「大塩場」と称されていた。
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結論から申しますと、またしても遅すぎました。地図でも表記されているように、沈大線普蘭店駅の西には広大な塩田が広がっている“はず”でした。実際、普蘭店駅前のバスターミナルから出るバス路線のトップ=101系統は今もって「大塩場」行きです。バスの運転手に大塩場は…と聞いてみると、「没有」つまり「ない」とのこと。念のため現地に確認に赴いてみましたが、もと塩田らしき広大な干潟は、今や工業団地とマンションの建設ラッシュでした。恐らく数年前であれば復州湾とは違ったL型機がトコトコと走り回っていたのでしょうが、もはやその影すら垣間見ることはできませんでした。

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繰り返しになりますが、遼東半島にはご紹介した復州湾のほかにも数多くの大規模な塩田が存在します。この普蘭店「大塩場」もご紹介した大連復州湾塩場とは別の会社が経営していた塩田のようで、孫副長も「他所の塩場のことは知らない」とのことでした。遼東半島東岸でも数年前に塩田の軌道を目撃したという情報もあり、その実態解明はまさに始まったばかりです。このささやかなブログを端緒として続報がもたらされることを切に期待したいと思います。
上の画像をクリックすると動画(約6分)がご覧になれます。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

というわけで、貴重な情報をお寄せくださった寺田牧夫さんへのお礼も込めて、週末でもありますので、復州湾塩場の動画をたっぷりとご覧に入れたいと思います。なお、もし現地にお出でになろうとされる方がおられましたら、出荷は3?4月と10月?11月がピークで、ことに11月が最盛期であることを申し添えておきたいと思います。聞くところでは第8塩場線などは最盛期には一日20往復以上の運転があるそうです。もちろん、この4月も繁忙期で、いまこの記事をご覧になっているその瞬間にも、各塩場からの列車が渚を走り続けているはずです。