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RMライブラリー今月の新刊は『能勢電むかしばなし』。

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▲終着駅妙見(現・妙見口)に到着する52号。現在では車輌もホームもすっかり近代化したが、この付近は今なお緑多く当時の面影を残している。 '58.6.2 P:高橋 弘(RMライブラリー『能勢電むかしばなし』より)
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毎月ご好評をいただいているRMライブラリー、まもなく発売の第105巻は『能勢電むかしばなし』をお送りします。

RML105n.jpg現在では沿線開発が進み、大阪・梅田への直通特急も走る通勤路線となった能勢電鉄ですが、その終着駅が妙見口であることからもわかるように、もともとは能勢妙見山への参拝客輸送を目的に開業した“軌道線”でした。線路の付け替えや車輌の大型化などにより現在のような姿になったのは、沿線の宅地化が急速に進んだ昭和40年代以降のことで、それまではトロリーポール集電の小型電車が未舗装の併用軌道を走る、実にのんびりした情景が展開されていました。

nose3n.jpg現在、30代以上の私鉄電車ファンの方なら、1981(昭和56)年まで川西能勢口~川西国鉄前間だけ紺色とクリーム色に塗り分けられた小型電車が運転されていたのをご記憶かと思いますが、これは軌道時代の名残りとも言える存在でした。また、開業当初は沿線に三ツ矢サイダーの工場があり、電動貨車がその輸送の任を担っていたのも特徴のひとつでした。ちなみに軌道から地方鉄道への変更は1977(昭和52)年、社名が「能勢電気軌道」から現在の能勢電鉄に変更されたのは翌78年のことです。
▲多くの電動貨車が在籍したのも能勢電の特徴のひとつ。この105号は伊予鉄から譲り受けたもので、かつて大阪市電の2階電車が履いていたものとされるドイツ・ヘルブランド製台車を履いていた。'57.6.3 絹延破橋車庫 P:久保田正一(RMライブラリー『能勢電むかしばなし』より)
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▲31形車内。大きな直接制御の制御器、鞄を下げた車掌の姿も今では懐かしい。'58.6.2 P:高橋 弘
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本書では1913(大正2)年の開業時に用意された4輪単車から、昭和40年代初頭にパンタグラフ化される頃までの車輌のあゆみを中心にご紹介しております。執筆は能勢電鉄車両課OBの岡本 弥さん、そして本誌の協力編集者であり沿線住民でもあるレイルロードの髙間恒雄さんで、当事者でなければ知りえなかった裏話も数多く盛り込んだ、たいへん読み応えのあるものとなりました。

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▲鼓滝駅に停車中の能勢口行き50号。現在はこの東側をトンネルで通過するようになり、駅も移動している。 '58.11.2 P:高橋正雄
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なお、能勢電気軌道の会社としての創業は1908(明治41)年5月23日で、まもなく創業100周年を迎えます。この機会に、能勢電100年の歴史を振り返る本書をぜひお手元にお揃えください。

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