鉄道ホビダス

「遠い日の総武流山電鉄」によせて。

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▲流山糧秣廠専用線跡を右に見ながら馬橋を目指すクハ81。この時点では架線柱がしっかりと残っていたことがわかる。'86.8.5 平和台?鰭ヶ崎 P:佐瀬正俊
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去る1月26日から4回にわたってお送りした「遠い日の流山電鉄」にはたいへん多くの反響をいただきました。今日はそのなかからお二方のお手紙とメールを紹介させていただこうと思います。

nagareyamazokuhou2.jpgまずは埼玉県にお住まいの佐瀬正俊さんから頂戴した流山糧秣廠専用線に関する写真とお手紙です。
「編集長敬白を読み、その後の専用線跡の写真を撮っていたことを思い出し、お便りします。写真は昭和61年8月5日に撮ったもので、この時点では、まだ架線柱はしっかりと残っていました。
当時はこの専用線跡が主たる目的ではなく、「あかぎ号」導入によって置き換えが迫っていたモハ1101とクハ52の撮影が目的でした。
同電鉄には「あかぎ号」置き換えの際、再訪しましたが専用線の跡を見出せず、がっかりして帰ったことを覚えています」。
▲糧秣廠線との分岐点を通過するクモハ1210。すでに分岐器は取り払われている。'86.8.5 平和台?鰭ヶ崎 P:佐瀬正俊
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佐瀬さんのお写真を拝見すると、夏草に覆われてはいるものの、私がご紹介した1979(昭和54)年当時の状況とさほど変わってはいないように見受けられます。お手紙によれば「あかぎ号」導入後、つまりは1987(昭和62)年には専用線跡を確認できなかったとありますから、この流山糧秣廠専用線は1986(昭和61)年後半から1987(昭和62)年にかけて撤去されたことになります。

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▲流山の車庫で休む100形たち。線間に残るコンクリート製の給水塔に注意。この頃はまだ蒸気機関車時代の遺構が残されていたのである。1972年頃 P:古村 誠
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nagareyamazokuhou4.jpgもうお一方はメールで多くの写真をお送りいただいた古村 誠さんです。
「編集長敬白楽しく拝見しております。先日の総武流山電鉄の記事を拝見し、懐かしくなり写真を引っ張り出しました。撮影時期は武蔵野線開業直前の1972年ごろから数年間です。
初めて行ったとき、100形の素敵な姿を見て、それから何回か通いました。100形は平日朝のラッシュ時のみの運転だったと記憶しています。一台一台、乗務員扉の高さや、側面のヘッダの有無などに違いがあり、興味はつきませんでした」。
▲水田の彼方を行く2連。とても首都圏とは思えない長閑な情景が広がっていた。1972年頃 P:古村 誠
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▲電子音化されていない“鐘撞き”の踏切と夏服の中学生、ホンダライフ、そして100形…。模型にしたくなるワンシーン。P:古村 誠
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▲流山駅で顔を合わせたクハ52とモハ105(左)。右はモハ102を先頭にした3連。P:古村 誠
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▲武蔵野線建設に当たっては流山線から専用線が設けられて資材運搬が行なわれた。この写真は当時の状況を伝える貴重なもので、手前に無蓋貨車が、そしてその先前方左手に分岐してゆく専用線が見て取れる。1972年頃 P:古村 誠
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nagareyamazokuhou8.jpg古村さんからはフォトジェニックな写真もたくさん送りいただきましたが、変哲がなさそうに見える写真の中にも非常に珍しいカットが含まれていましたので、改めてここにご紹介してみましょう。武蔵野線建設工事にともなう資材送り込み用に仮設された流山電鉄の貨物側線です。これは1968(昭和43)年11月に始まった日本鉄道建設公団による武蔵野線建設資材輸送にともなって馬橋駅基点1.660km地点より敷設されたもので、鉄建公団から内燃機関車2輌が流山電鉄に貸し出され、1972(昭和47)年11月まで流山電鉄線を経由して資材輸送が行なわれました。(拙著『森製作所の機関車たち』参照)
▲完成を目前にした武蔵野線高架橋をくぐるクハ52。1972年頃 P:古村 誠
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▲鰭ヶ崎付近をゆく3連。流山電鉄沿線はこののち急速に宅地開発が進み、今やまったく別世界に生まれ変わってしまっている。P:古村 誠
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それにしても、首都圏でこの流山電鉄沿線ほど変貌を遂げたところも珍しいのではないでしょうか。お二人の写真を拝見しながら、改めてその変貌に思いを馳せました。末筆ながら、佐瀬さん、古村さん、ありがとうございました。

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