鉄道ホビダス

日本カーバイド工業1号機を訪ねる。

uodu14n.jpg「はくたか」で富山へ向かう際にいつも気になっていたのが、新魚津駅上り方から分岐している日本カーバイド工業の専用線跡です。用途廃止となるとただちにレールが撤去される例が多いなかで、この専用線はしっかりとレールが残り、しかも好ましいカーブを描いて併用軌道風に日本海の方へと消えてゆきます。一見JR(国鉄)魚津駅起点の専用線のように見えますが、実は富山地方鉄道線からの分岐専用線で、『専用線一覧表』でも作業は富山地方鉄道機による旨が明記されています。
▲村木小学校はかつての専用線から目と鼻の先に位置する。側道を入ると一階から顔を出しているコッペルにちょっとばかり驚く。'07.4.29
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▲地形図に見る日本カーバイド工業専用線跡。珍しくレールが撤去されることもなく市街地に弧を描いて線路跡が残されている。すぐ南側に村木小学校がある。(国土地理院発行1:25000地形図=インターネット版より加筆転載)
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uodu16n.jpgいつかは訪ねてみたいものと思いつつも、ついでと言うにはどうにも中途半端な位置にあってなかなか足が向かないでいました。そんななか、この春、黒部峡谷鉄道を訪問した際に、ようやくこの専用線跡の訪問がかないました。
日本カーバイド工業魚津工場専用線は、1960年代末までコッペル製のCタンク機が残されており、黒井の信越化学や日本ステンレス、青海の電気化学工業などとともに北陸本線沿線の専用線の蒸気機関車として知られていました。もちろん私の世代ではすでに実見することなど夢の夢でしたが、無煙化後も1990年代初頭までこの専用線は生き続け、専用線そのものの現役時代を垣間見ることは不可能ではありませんでした。
▲小学校ながらなかなかおしゃれな外観の村木小学校。'07.4.29

uodu13n.jpg資料によればこの専用線で働いた歴代の機関車は蒸気機関車2輌、ディーゼル機関車4輌で、前者は1923(大正12)年コッペル製の26tCタンク機2輌(同形)、後者は1957(昭和32)年三菱製の35tC型機2輌と1969(昭和44)年三菱製の35tBB、同年製の日車製25tB型で、2輌のコッペルは地元魚津市の村木小学校に1号機が、滑川市児童館に2号機が保存されています。DLの方もDC351が滑川市の自然公園に保存されており、この手の専用線としては異例の“保存率”の高さとなっています。ちなみにこの三菱製の35tC型機、遊輪なし3軸のC型で自重が35t、つまりは単純計算で軸重12t近いヘビー級で、よくぞ小規模な専用線が導入したものと驚きます。保存されなかった方の片割れは、青海の日本石灰石開発田海(とうみ)工場に転じ、こちらは現役時代に見に行ったことがありますが、やはり軸重の重さゆえに本線では使えず、山元のヤード入換えに終始していたのを覚えています。
▲校舎一階での保存とはいえ、驚くほど状態の良い日本カーバイド工業1号機。もとを質せば鹿島参宮鉄道、つまりは今春廃止となった鹿島鉄道の開業時の1号機である。それにしても郷土の産業遺産としてしっかりと守り継がれているのが嬉しい。'07.4.29
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ところで、昭和30年代後半に鉄道友の会の機関誌『Rail Fan』(当時はB6判横開きだった)誌上をにぎわした連載に「専用線のSLを追って」がありました。その15回目がこの日本カーバイド工業魚津工場で、すでにこの時点で予備となっているものの、DLの検査時に月に数日は使用されること、その際には牽引力の関係で必ず1号2号の両機ともが稼動することなどが記されています。さらに「地方鉄道の車輌の増減に興味のある方なら、富山地方鉄道に蒸気機関車が2両在籍していることにお気づきの筈です。線内どこを探してもないのにと疑問を持たれた方もあるでしょうが、ここにご紹介する2輌が該当するのです。といいますのは、所有は日本カーバイド工業ですが、車籍が富山地方鉄道にあるからです」と興味深い記述もあり、ここで先述した専用線一覧表の“作業は富山地方鉄道機による”旨の意味が理解できます。ちなみにこれを書かれているのはあの三宅俊彦さん。時刻表や運転史に打ち込まれる前、まだ専用線を追っておられた頃のレポートです。

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▲日本カーバイド工業側から専用線魚津駅方をのぞむ。国道部分(画面手前)で途切れてはいるものの、レールは工場構内を含めほぼ全区間にわたって残されている。'07.4.29

さて、専用線跡地に近い村木小学校に保存されている1号機は、1969(昭和44)年の廃車以来40年近くも経つにも関わらず信じられないほど良好な状態を保っており、小学校の教職員の皆さんや歴代の児童の皆さんの思いが伝わってくるようで、見ていて清々しい思いに包まれました。

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▲魚津駅側から工場方(画面前方)を見る。夕方ともなると犬の散歩をする人も現れ、軌道跡は生活空間の中にすっかり溶け込んでいる。'07.4.29


訪れたのは4月とはいえ夏を思わせる暑い夕方のことでした。新魚津から気持ち良いカーブを描いて続く廃線は、折からの西日を浴びて海沿いの工場へと続いています。こんな情景の中をゆく1号機の姿を見てみたかった…毎度のことながらかなわぬ思いを抱きつつ、しばし佇んでいたのでした。

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