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ム1とユ1、箱根登山の始祖たち。

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箱根登山鉄道に残っていた無蓋電動貨車「ム1」を訪ねて入生田検車区を訪れたのは27年ほど前、1980年5月のことでした。それまでにも何度か“目撃”はしていたのですが、それほど動く機会はないのか、薄暗い庫の中に留置されていることが多く、一度は庫外でがっちりと撮影したいものと思っていました。詳しい経緯は忘れましたが、千載一遇のチャンス到来とあって、この日はペンタックス67を携え、喜び勇んで入生田駅を降り立ったのでした。
▲車庫にひそむ様はとても「電車」とは思えない奇怪な面構え。ム1は入生田検車区の構内入換え作業車として1990年代まで“今なお現役”として活躍していた。'80.5.17 入生田検車区

mu1n2n.jpgそれにしてもひと目見たら忘れられない強烈な個性を持つ車輌です。荷台中央に突っ立っている柱に取り付けられたポール、椅子さえない運転台(?)にはGE製のダイレクトコントローラーと、さながら鶴首のような微妙な曲線を描くハンドブレーキハンドルがあるのみ。いかに直接制御とはいえ、「電車」というものは本当に最低限の機能だけならこれほどシンプルになる…そんな原点を見るようです。
▲ポールは荷台中央の柱に取り付けられ、異様な雰囲気が漂う。側面の煽り戸を開けると、荷台には検修・復旧用の資材が雑然と積まれていた。'80.5.17 入生田検車区
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このム1、箱根登山鉄道の前身の小田原電気鉄道が山線(湯本?強羅間)を建設する際に新製導入した車輌で、1916(大正5)年5月日本車輌製。改造の果てにあられもない無蓋の姿に成り果ててしまったかと思いきや、なんと新製時からこんな無蓋スタイルだったといいます。もちろん形式名は無蓋の「ム」。当初はム1と2の2輌がいましたが、ム2の方は1952(昭和27)年に廃車となってしまい、それ以降はずっとム1が1輌で孤塁を守ってきました。
▲ブリル21-E台車にポール集電と、箱根登山創業期の姿を伝えていたム1。ただ登山電車らしく電磁ブレーキを装備している点に注目。'80.5.17 入生田検車区
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1980(昭和55)年当時、ム1は入生田検車区の入場車入換用として使用されるだけで、もちろん本線に出ることはありませんでしたが、翌1981年春にはNHKの「新日本紀行」の収録で久しぶりに本線を走って健脚ぶりをアピールしました。廃車は1992(平成4)年9月。強羅駅に保存展示されていた115号と入れ替えで保存されましたが、わずか7年後の1999(平成11)年8月に解体処分されてしまいました。

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▲こちらはすでに用途廃止となって検車区裏手の資材置場に放置されていたユ1。その後強羅駅構内に保存展示されたが、こちらも結局解体されてしまった。'80.5.17 入生田検車区

入生田にはム1のほかに、これまた小田原電気鉄道生え抜きの有蓋電動貨車「ユ1」の姿もありました。やはりポール集電に電磁ブレーキ付きブリル製台車と創業期の登山電車の面影を色濃く残す1輌でした。こちらも一時は強羅駅構内に保存されたものの、結局は解体されてしまって現在では見ることができません。ム1とユ1、登山電車の歴史を語り継ぐ2輌であっただけに、今となってはなんとも残念でなりません。

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▲手もとにあった箱根登山鉄道ユ1竣功図。電動機はGE製50HP、積載重量4t、牽引力1,587瓩、速度16.9粁/時と記載されている。
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