鉄道ホビダス

都電最後の花電車。

arakawa1n.jpg
路面電車好きかどうかに関わらず、東京在住のファンにとって「都電」はいつの時代も身近な被写体です。ご多分に漏れず、私も折りをみてはカメラを向けてきましたが、1974(昭和49)年10月1日に32系統(早稲田?荒川車庫)と27系統(赤羽?三ノ輪橋)の一部が統合されて「荒川線」を名乗るようになってからの一時期、しばし足が遠のいてしまいました。あの伝統の系統板が番号から漢字3文字のただの“看板”と化してしまったのが興ざめに思えたのも一因でした。そんな都電荒川線が車輌・地上設備のリニューアルを行い、全面ワンマン化を達成したのに合わせて「花電車」を運行すると知ったのは1978(昭和53)年春のことです。
▲荒川線新装記念のペイントも鮮やかな4号車(乙6210)は太田道灌の時代人形を乗せた「山吹の里」(西早稲田付近での故事)号。後ろに続くのは1号車(乙6211)で、なぜ順番が乱れていたのかは定かではない。'78.4 東池袋四丁目

arakawa2n.jpg実はそれまで“本物”の花電車を目にしたことはありませんでした。路面電車廃止時に各地で見られた惜別電車の類は、外装に飾りを施しただけの言うなれば装飾電車がほとんどで、既存の車輌をチョップトップにしての花電車はめったにお目に掛かれるものではありません。この時、都交通局はワンマン化によって余剰となり廃車予定の6000形5輌をこの記念運行のために荒川車庫で改造、酸素で車体上回りを切断し、本格的な花電車を作り上げたのです。形式番号も戦前からの伝統に則り“乙6000”。都電としては1959(昭和34)年以来のひさしぶりの“本物”復活です。
▲先導車を務める新7000形装飾車。隊列の最後部にも控え車として同様の新7000系が追尾していた。'78.4 東池袋四丁目

東池袋4丁目の電停で待っていると、やってきたのは新車体となったリニューアル7000形を先導車とした“乙6000”花電車の隊列。乙6211(1号車)+乙6209(2号車)+乙6213(3号車)+乙6210(4号車)+乙6212(5号車)の5輌はテレビ局などの広告電車を含めてそれぞれ展示テーマが異なっており、さながら花火でも見るかのように沿道から歓声が上がっていました。ちなみに、各車の装飾は電飾となっており、夜間運行はそれは見事だったそうです。それにしても、1週間ほどの運転期間中、天候はどうだったのか覚えていませんが、雨天となればチョップトップとなった乙6000形の運転はさぞや大変だったに違いありません。