鉄道ホビダス

RMライブラリー『西大寺鉄道』間もなく完成。

saidaijihyou1.jpg今年のRMライブラリーの掉尾を飾る第89巻は、安保彰夫さんの労作『西大寺鉄道』です。昨年末の『頸城鉄道』(RML77)以来、実に一年ぶりに軽便鉄道をテーマとしたRMライブラリーとなります。
西大寺鉄道は山陽鉄道のルートから外れた西大寺村が起死回生をかけて生んだ軽便鉄道で、最終的には西大寺と岡山市内の後楽園の間11.5kmを結んでいました。なんと言っても特筆されるのはその軌間で、当初から3フィート(914㎜)という本州には類例をみない規格を採用していたことです。米国ではナローのスタンダード(?)ともいえる3フィート・ゲージですが、わが国では北九州の軌道に独自の発展を遂げたのみで、全国的伝播にはいたりませんでした。そんな状況下でなぜ西大寺は汎用性のないこのゲージを採用したのか…そんなところからこの『西大寺鉄道』は解き起こしてくれます。

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西大寺といえば、日本の3大奇祭に数えられる「会陽」(えよう)で全国的に知られていますが、西大寺鉄道にとって、この会陽客輸送はまさに生命線でもありました。毎年2月のたった一日のために、西大寺鉄道は最大9輌もの蒸気機関車を用意し、通常期にはまったく不要と思われるほど多くの客車を揃えてその日に備えていました。それでも会陽当日は乗客をさばききれず、客車に乗りそこなった客は屋根にまでよじ登る始末。ここにわが国軽便鉄道史上に残る光景が現出することになります。
▲西大寺鉄道といえばまっさきに思い浮かぶのは、高さ4m以上にも継ぎ足されたひょろ長い煙突を持つコッペルたちだ。「会陽」の日はそのコッペルたちもフル稼働となる。(RML『西大寺鉄道』より)

saidaiji3n.jpgコッペルやハノマーグの小型蒸機たちにも増して西大寺鉄道を印象付けたものに、7輌の「単端」の存在があります。もとを正せば梅鉢製の歴とした車輌ながら、ある者は面妖なお面に改造され、さらにはボギー車を二分割して単端2輌に“増殖”した仲間まで出現する始末。無煙化以後の西大寺鉄道はまさにこれら百鬼夜行状態の単端天国となったのです。本書ではこの単端たちが勢揃いした未公開の衝撃的写真をはじめ、組立図・竣功図を交えながら、西大寺鉄道の全在籍車輌について詳述しております。
▲コッペルもさることながら、西大寺といえば強烈な個性の単端たちを思い浮かべる人の方が多いはず。キハ8・10にいたってはボギー車を真っ二つにして単端2輌としたというのだから驚き。(RML『西大寺鉄道』より)

saidaiji1n.jpg西大寺鉄道は1962(昭和37)年9月6日、国鉄赤穂線の開業をもって廃止されました。赤穂線による代替廃止としては1951(昭和26)年の赤穂鉄道に次ぐもので、相生?東岡山間の赤穂線全通によってふたつの軽便鉄道が消えていったことになります。なお、赤穂鉄道に関しても安保彰夫さんはすでにRMライブラリー『赤穂鉄道の発掘』(RML55)をお纏めいただいておりますので、本書の完成で国鉄赤穂線にまつわる両軽便鉄道を解き明かしていただいたことになります。
RMライブラリー『西大寺鉄道』は来週末には本誌特約店の店頭に並ぶはずです。どうかこの年末は、44年前に消えていった3フィート軽便=西大寺鉄道にゆっくりと思いを馳せてお過ごしください。
▲山陽鉄道に取り残された西大寺村が起死回生の願いを込めて生んだ鉄道だけに、起点はあくまで西大寺市駅であった。本書では沿線各駅の表情も紹介している。(RML『西大寺鉄道』より)

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