鉄道ホビダス

津軽森林鉄道跡をゆく。(下)

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大平を出た津軽森林鉄道幹線はいよいよ「六郎越え」と呼ばれる脊梁山脈縦断にかかります。森林鉄道は基本的に標高の高い伐採地から標高の低い集積貯木場に木材を下ろすものですから、盈車(えいしゃ=積車)が勾配を上ることは前提としていません。それに対してこの「六郎越え」は盈車が逆勾配を上る津軽森林鉄道最大の難所でした。それだけに1909(明治42)年の開設時にはアメリカからシェイギャードが輸入されて蟹田に投入されたのです。シェイは「六郎越え」でボールドウィン製B1リアタンク機の倍の盈車を牽引できたと伝えられています。
▲芦野公園?川倉間をゆく津軽鉄道下り9列車。築堤下の農道が津軽森林鉄道幹線の軌道跡である。'06.11.24

DH000065n.jpg六郎隧道を出て今泉川沿いに西進した幹線は、十三湖に突き当たって今泉で方向を真南に替え、一路中里、金木方面を目指します。ただこの今泉分岐から十三湖北岸を進む相内線がこれまた数多の支線網をのばしており、その一部は日本海海岸にまで到達、まさに蟹田から津軽半島縦断を果たしたことになります。
▲芦野公園駅に進入する上り154列車。津軽森林鉄道は駅下り方で芦野公園西側へと離れてゆく。ちなみに画面左に見えるのは旧本屋で、隣接して近代的な本屋が建てられている。'06.11.24

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▲地形図に見る津軽森林鉄道幹線の「六郎越え」西側。今泉から南進した路線は、先般ご紹介した中里・金木方面の地形図へと続く。地理調査所1:50000地形図「小泊」(1954年発行)より転載
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ところでこの雪深い津軽の地ですから、津軽森林鉄道幹線は通年運転をしていたわけではなく、基本的に4月下旬から11月下旬にいたる約7ヶ月が運転期間だったようです。そのかわり繁忙期の運転時間は、午前6時から夕方18時にいたる12時間、機関士・機関助士の一日の乗務距離は110キロ以上にも達したといいますからハイシーズンの賑わいぶりが目に浮かぶようです。

DH000086n.jpgさて、中里から金木にいたる沿線には2箇所に保存車輌を見ることができます。まずひとつは津軽中里駅近くの中泊町(旧中里町)博物館に保存されている元金木営林署の協三工業製ディーゼル機関車で、立派な博物館の館内に素晴らしい状態で保存されています。もうひとつは芦野公園内に保存されているおなじく元金木営林署の車輌たちで、こちらは機関車+運材車+客車といった編成で保存展示されています。実はこの車輌たちはかれこれ25年ほど前、別の保存場所にあった際に訪ねたことがあります。かつての小学校分校跡に残されていた車輌たちは荒れ果て、なおかつ深い雪に埋もれて酷い状態でした。それだけに綺麗になって展示されている姿に再会できたのは、今回の津軽森林鉄道跡を巡る旅のなかでもひときわ印象に残る収穫のだったといえましょう。
▲芦野公園に保存されている元金木営林署の酒井工作所製ディーゼル機関車と客車・運材車。金木小学校大東ヶ丘分校跡で荒れ果てていた時代を思うと、見違えるように綺麗になった。'06.11.24

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▲端正なスタイルの酒井工作所製のA型5t機。本機は1960(昭和35)年製の製造番号6315。'06.11.24

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▲荒廃していた客車も1999(平成11)年に復元された。運材台車には木材が載せられて雰囲気を醸し出している。'06.11.24

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▲金木町立大東ヶ丘山の家(金木小学校大東ヶ丘分校跡)に保存(放置?)されていた当時の同機。すっかり雪に埋もれていたのを近所の民家からスコップを借りてきて、同行の仲間と数時間掛けて“掘り出した”姿である。'81.3.24

rindougenkyou1n.jpgと、この連載を結ぼうと思っていたところに、小ブログをご覧になった根本幸男さんから、びっくりするような画像が添付されたメールを頂戴しました。なんと1961(昭和36)年に津軽線三厩発青森行314D(キハ21)後部座席から撮影されたという津軽森林鉄道幹線の写真です。車輌の姿こそないものの、津軽線にぴったりと寄り添うように走る2'6"の線路が手にとるように見て取れます。「国鉄車掌さんは“営林軌道”という言葉を使っていました」とのこと。地形図上では“並行”しているのを理解しているつもりでも、こうやって実際の画像を目にすると、臨場感が格段に違ってきます。根本さんほんとうにありがとうございました。
▲昭和39年度末時点の青森営林局管内林道現況。この時点での管内森林鉄道・軌道総延長は380km。青森県内のみならず、まだ岩手・宮城県内にもわずかながら森林軌道が残っていたことがわかる。 (『青森営林局八十年史』1966年 より転載)
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▲根本幸男さんが津軽線気動車内から撮影された津軽森林鉄道幹線の線路。見事なまでに津軽線と並行している。ちなみに撮影地点は瀬辺地?蟹田間の広瀬川橋梁下り方付近と思われる。'61.10.30 P:根本幸男

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