鉄道ホビダス

再び脚光を浴びるC51 5。

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オープンまで一年を切ったさいたま市の「鉄道博物館」ですが、展示車輌のラインナップにハニフ1が増えるなど、さらにパワーアップしてきています。そしてもうひとつ注目なのが、当初のリストにはなかった「C51」の文字が見られる点です。運営する東日本鉄道文化財団からまだ正式な発表はありませんが、現在残されているC51は全国でわずか4輌。5号機(青梅鉄道公園)、44号機(秋田総合車両センター)、85号機(鹿児島総合車両所)、それに梅小路蒸気機関車館の239号機の4輌で、状況から鑑みて青梅鉄道公園の5号機に白羽の矢が立てられたのは間違いないでしょう。
▲D51 452のキャブからC51 5をのぞむ。このC51 5が40年以上を過ごしてきた青梅の地を去る日も近いはずだ。'06.10.8

ohme2.jpgC51 5は1920(大正9)年1月浜松工場製。18900形として新製された第一ロットにあたり、形式改定前の形式番号は18904。ながらく西日本で活躍し、1962(昭和37)年2月28日付け亀山機関区で廃車されています。『国鉄時代』第5号では宮内明朗さんが1962(昭和37)年1月に撮影された伊勢市支区時代の貴重なカラー写真をご紹介下さっていますが、残念ながらこの時点ではすでに一休となって火を落としていたようです。
▲磨き出されたテンダーのナンバープレート。「C」の左側に直線部があるのは鷹取工場施工プレートの特徴(RMライブラリー『国鉄蒸機の装備とその表情』参照)。「17立方米」の小さなプレートは炭水車形式を示すもの。'06.10.8

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大正の名機C51が保存展示車輌のラインナップに加わったことで、鉄道博物館の実車展示もますます“厚み”を増してきたといえるでしょう。こうなると昭和を代表する大型蒸機がほしいところですが、なぜかC59もC62も東日本管内には1輌も保存機がなく、残念ながらこれはかなわぬ夢です。
▲デッキ部裾が直線に欠き取られ、前部にヒンジが付けられた「大鉄式」のデフレクターを持つC51 5。289輌の多きを数えたC51だが、全国を見渡しても、現在残っているのはわずか4輌しかない。'06.10.8

oumec51n.jpg余談ですが、このC51 5で思い出すのが今から24年前、1982(昭和57)年秋に起こった転落事故です。9月12日、折からの台風12号に伴う集中豪雨で青梅鉄道公園脇の崖が崩れ、手前に展示されていたC51 5が崖下に転落してしまったのです。幸い人的被害はなかったものの、鉄道公園の展示車輌が転落するという前代未聞の事態、そしてそれがこともあろうにわずか4輌しか残されていないC51とあって、大きなショックを受けたのを覚えています。写真は転落から3ヶ月を経てビニールシートに覆われたまま復旧を待つC51 5の悲惨な姿ですが、関係者のご努力もあって翌年3月には引き上げられたうえ、現地で復旧整備されて今日に至っています。もしあの時、復旧を断念されてしまっていたら…真新しい鉄道博物館の「歴史ゾーン」で御料車の先頭に立つC51の姿を見ることはできなかったに違いありません。
▲台風12号による土砂崩落で崖下に転落してしまった際のC51 5。バックには転落を免れたED16とマイテ39の姿も見える。'82.12.12

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