鉄道ホビダス

続・そして夕張は今…。

ooyuubari1
▲大夕張炭山駅構内で給水を終えて仕業を待つ8号機。大夕張鉄道蒸機時代の残照のひとコマ。'73.3.30 P:名取紀之

地方財政再建促進特別法(再建法)に基づく「財政再建団体」申請を表明し、事実上の“倒産”に至ってしまった夕張市については2度にわたって本欄でもふれましたが、その波紋はやはり小さくはないようです。この27日に南大夕張駅跡で「汽車フェスタ2006」を企画している三菱大夕張鉄道保存会会長の奥山道紀さんから、ふたたびブログで皆さんへの理解と支援を呼びかけてほしいとメールを頂戴しましたのでご紹介したいと思います。

okuyamasann1a.jpgokuyamasann1b.jpg
三菱大夕張鉄道は明治44(1911)年、大夕張炭鉱の専用鉄道として開業し、昭和62(1987)年に炭鉱の合理化とともに全線廃止となりました。市内にある南大夕張駅跡地には廃止時の編成のまま、ラッセル車や客車、石炭貨車などが残されています。これらの車輌は平成11(1999)年まで放置状態にありました。なかでも客車では同鉄道唯一の自社発注車・ナハフ1が雪の重さで転覆、夕張市民やファンで三菱大夕張鉄道保存会が結成され、行政に働きかけて復旧を果たしました。その後、将来夕張市として保存・管理するという市長の市議会答弁をもとに多くの方々より寄付や支援を頂き、補修作業を重ねてきましたが、今回の夕張市の破綻により、最悪の場合は車輌の解体・撤去という事態も想定されます。南大夕張駅跡地は、永らく三菱マテリアル社が国から土地を借りたままとなっており、車輌自体の夕張市への正式譲渡も未だになされていません。
▲清水沢を発車する4号機牽引の大夕張炭山行き列車(左)。右は現役時代のキ1。ともに1971年撮影。P:三菱大夕張鉄道保存会

okuyamasann2b.jpg昨年末に近くで建設が進むシューパロダム周辺整備の一環として列車公園の構想が示され、現在公園化を前提に夕張市が三菱マテリアル社に変わり土地を借り受けています。ダム周辺整備事業自体は国費によるものですが、完成後の管理は地元の自治体に委ねられます。そのため夕張市による公園計画が断念されると国への土地返還、現状復帰で車輌の解体・撤去という事態も懸念されます。
▲三菱大夕張鉄道保存会会員によるスハニ6の木製窓枠の修復作業。P:三菱大夕張鉄道保存会

今までの活動により、綺麗になった客車内に置かれたノートには、ダム建設や閉山でこの地を離れた多くの人々や、かつて撮影に訪れた多くのファンの思いが書き込まれています。そのひとつひとつの思いや、今まで保存会に寄せられた多くの協力を無駄には出来ません。国や北海道などにも要望し、貴重な車輌の解体・撤去という事態は絶対に防ぎたいと思います。

okuyamasann2a.jpgokuyamasann2c.jpg
また、再建団体入りにより意気消沈する地元を支援する意味も込め、27日には南大夕張駅跡で「汽車フェスタ2006」を開催します。前日26日の19時~20時に列車をライトアップし、昨年失敗したラッセル車の汽笛吹鳴にも再度挑みます。
地域の産業を支えた貴重な車輌の保存活動を通じ微力ながら夕張の復興を支援したいと考えています。今後も皆さんの協力・支援をお願いいたします。
▲南大夕張駅跡で保存されているスハニ6+オハ1+ナハフ1+セキ×2の編成。右はスハニ6の車内に設けられた展示スペース。P:三菱大夕張鉄道保存会

三菱大夕張鉄道をはじめ、夕張鉄道、北炭真谷地、そして国鉄夕張線と、私にとっても夕張は忘れられない思い出がぎっしりと詰まった特別の場所です。聞くところでは、あれほど全国的に有名になった映画祭でさえ開催中止が決まったそうです。厳しい状況ですが、奥山さんらの思いが届くことを願ってやみません。

レイル・マガジン

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2016 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.