鉄道ホビダス

アイルランドに欧州最大のナローゲージ網を訪ねる(最終回)


第十三回:「ゴースト」に見送られてアイルランドを去る。
案内されたミルの裏には見渡す限りのピート・ボグが広がっていますが、これまで見てきたボード・ナ・モナのボグと比べても水分が多そうで、まさに底なし沼状態。これは確かに“WARNING”の理由になりそうです。

現在このミッドランド・アイリッシュ・ピート社の2フィート軌道で働くトラクター、いや機関車は合計7輌。ドイツのデーマ(Diema)製5t機が3輌(No.1、4、5)、イギリスの北陸重機ともいえるアラン・キーフ(Alan Keef)製が2輌(No.3、7)、モーターレール(Motor Rail)製(No.6)とランソン・ラピィア製(No.2)各1輌ですが、この中にあってもっとも価値のあるのがランソン・ラピィア製の2号機でしょう。
▲2号機“GHOST”の御真影。クリックするとポップアップします。まぁ、どなたもおられないでしょうが、パソコンの壁紙にどうぞ。

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エンジンの振り替えなど大幅に改造されてはいるものの、このランソン・ラピィア製2号機は1938年製のガソリン機関車で、製造番号84。元号で言えば昭和13年製ということになり、このテの産業用内燃機関車としては信じられないほどの長寿です。ランズデール(Lansdale)と呼ばれるヤードの入換えに今なお現役で働いていますが、その満身創痍の姿たるや、もうほとんど粗大ゴミ状態。歴史ある機関車だけに、多少はかまってやれば良いのに…と思いつつ正面に回ると何やら小さなプレートが。しかも文字らしきものが書いてあります。近寄ってよくよく見てみると、溶接で書かれた文字は何と“GHOST”(亡霊)! う?ん、それを言っちゃお終いでしょ…。
▲ランソン・ラピィアの2号機のラジエータ・プロテクターに掲げられたプレートは“GHOST”。洒落がきいていると言おうか、何と言おうか…。'02.10.22

どんよりと曇った空からはついに氷雨が落ちてくるようになり、付き合ってくれているスーツ姿の紳士からも「早く終わってくれないか」という思いがひしひしと伝わってきます。ただこちらにはこちらの段取りというものがあります。ひとわたり35ミリの撮影が終わってからは、今度はブローニーの撮影、さらに製番の調査やら主要寸法の計測やらをせねばなりません。やおら三脚を出してセットを始めたあたりで、件の紳士も業を煮やして「終わったら事務所に顔を出してくれ」と言い残して去っていってしまいました。

結局一時間あまり、寒さがこたえるヤードでの撮影・調査を終えて事務所に戻ると、流石にこちらの熱意が伝わったのか、例の紳士をはじめ、最初とはうってかわって優しくもてなしてくれました。こちらも出発前に仕入れておいた日本酒と千代紙のコースター(これは海外お土産小物の定番。“for your wife”というとたいてい途端に笑顔になる)をお礼にプレゼント。事務所の皆さん、そして“GHOST”に見送られながら、ミッドランド・アイリッシュ・ピート社をあとにしたのです。

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すっかり暗くなりはじめた国道N4号線をダブリン空港へ。足掛け3日の慌しいアイルランド訪問でしたが、初めて目にするピート・モス・レールウェーはいろいろな意味で驚きの連続でした。ボード・ナ・モナ、ミッドランド・アイリッシュ・ピート…私の生涯で再び訪れることはないかも知れませんが、決して忘れることのできない日々に違いありません。
ダブリン空港発ロンドン・ヒースロー空港行きエア・リンガス192便の出発は20時20分。空港のパブで、例によってぬるいギネスでひとり祝杯を上げることにしましょうか。  (完)
▲3日間の滞在中、空は常に垂れ込めた雲に覆われていた。ボード・ナ・モナ、そしてミッドランド・アイリッシュ・ピート…希有な体験を思い返しつつ、国道N4号線をダブリン空港目指して走り続ける。さらば、アイルランド。'02.10.22