鉄道ホビダス

この1冊。(4)

近年は鉄道書の出版ブームとも呼べる状況で、自戒を込めつつその出来も玉石混交の様相を呈しています。一方で時代を画した“名著”が忘れられつつもあり、ここでは何回かに分けて、極めて恣意的な選択ながら私の選んだ「この一冊」をご紹介してみたいと思います。当然ながらすでに絶版になったものが多く、かつご同業他社の出版物を勝手に批評する非礼はあらかじめご容赦ください。

西尾克三郎『記録写真 蒸気機関車』(1970年)
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「西尾写真」という“固有名詞”をご存知でしょうか。そうです、形式写真の大家であり、多くのファンから今もって慕われ続けている西尾克三郎さんの撮影された写真のことです。西尾さんは1914(大正3)年のお生まれ。毎日新聞写真部を経て、のちに交通科学館(現・交通科学博物館)展示課に勤務され、生涯を通して組立暗箱を駆使した比類なく鮮鋭な車輌写真を遺されました。

戦前に自ら興した機関誌『古典ロコ』をはじめ、戦前戦後を通して多くの雑誌・書籍でその作品が紹介されてきましたが、網羅的、系統的にその業績をまとめたものはそれまでなく、黒岩保美さんが編者となって「西尾写真の真価を伝える写真集を」(「あとがき」より)と企画されたのがこの『記録写真 蒸気機関車』(交友社)です。
▲現代の感覚でもまったく旧さを感じさせない卓越したデザインの表紙(左)と化粧函(右)。厚さ4センチ近い大冊で、重さも3キロ近くある。

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編集にあたっては、あらかじめ「列車写真アルバム」と「形式写真」の2部に分けた上で資料的な要素の多い中にも楽しく見られる内容を目指したとあり、具体的には、巻頭に当時の列車写真を配し、各グループで代表的と思われる写真は2頁大とするなどの配慮がなされています。もちろん写真は西尾さんの作品以外は掲載されておらず、個人の車輌写真集としては前例のない豪華美麗な仕上がりとなっています。

表紙には西尾さんの名前とともに編者である黒岩さんの名前も同じ大きさで入っており、この本の企画制作に黒岩さんの役割がいかに大きかったかが伺い知れます。改めてご紹介するまでもなく、黒岩さんは国鉄嘱託のデザイナーとして車体標記の字体(例のクハだのモハだのの書体)やグリーン車のシンボルマーク、さらには特急「ゆうづる」のヘッドマークなど数々の歴史に残るデザインを送り出されており、エディトリアル・デザインにもその非凡な才能を発揮されています。そんな黒岩さんが渾身の思いを込め、一年を費やして作り上げた一冊だけに、誌面レイアウトの素晴らしさは言うまでもなく、造本の素晴らしさも特筆されるものとなっています。ことに黒の箔押しでC53のサイドビューを表現した表紙と、派手なエンジながらケバケバしさを微塵も感じさせない化粧函(ケース)は、数多の鉄道図書の中で屈指のデザインと称せましょう。
▲各章の扉は黒岩さんが二階調化したイラストが絶妙の空間取りでレイアウトされている。

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黒岩さんとは生前、臼井茂信さんを偲ぶ会の発起人会などでたびたびご一緒させていただきましたが、温和なお人柄の中にも、秘められた熱い意思を感じさせる方でした。その黒岩さんに編集を一任されたからこそ、これだけ不朽の一冊が誕生したわけで、昨今のプロジェクト方式のモノ作りでは、なかなかこういった個性溢れる“名著”は誕生しにくいのが実情です。
▲C62時代より「義経とC62」。判型が大きいだけに見開き写真の説得力は比類なきものがある。

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ところで、この本の「はしがき」によると、西尾さんと鉄道写真との出会いはC10 1の四切判密着の公式写真だったそうです。川崎車輌からいただいたその公式写真のあまりの鮮明さに感激し、「自分もこれに負けない位の立派な写真を写そうと決心したのです」と書かれています。キャビネ判組立暗箱にダゴール180㎜という当時としても時代がかった重量機材で写し集めた形式数はこの本が上梓された時点で実に144形式。時には1輌の機関車を撮るために3日間も待ったことがある、とやはりこの「はしがき」に書かれています。
▲「形式写真」よりC53と8800の見開き。「西尾写真」は肉眼以上に鮮鋭に機関車を写し出している。

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西尾克三郎さんが亡くなられたのは1984(昭和59)年1月、もう22年もの歳月が流れようとしています。10年後の1994(平成6)年11月には、東京と大阪に離れながらも近しく交流し、蒸気機関車を通して数々の共同成果を上げられた臼井茂信さんが亡くなられ、「西尾写真」にとってもひとつの時代が幕を閉じました。ちなみに、斯界では西尾さんのガラス乾板を臼井さんが秘伝の“二度焼き”で手ずからプリントされたものが“究極”とされています。いずれにせよ、本書を含め、遺された多くの「西尾写真」は、かの渡辺・岩崎コレクションと並んで、わが国の鉄道趣味界の宝物として語り継がれてゆくに違いありません。
▲巻末には撮影メモと形式別索引が用意されている。右の黄色いカバーは発送時の化粧函汚損防止用だそうで、「ご入手の上は、とり外してお捨て下さい」と書かれている。
A4ワイド(297×260)版上製本304頁(うち解説16頁)3800円。

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