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日本工房とマグナム、ふたつの「鉄道写真」。(上)

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かれこれ2年ほど前になりましょうか、JR貨物の岩沙専務(当時)から「SNCF(フランス国鉄)が何とあのマグナムを使って鉄道貨物輸送の写真集を作ったのをご存知ですか」と、一冊の写真集を手渡されました。マグナム、つまりマグナム・フォト(Magnum Photos)は改めて言うまでもなく、あのロバート・キャパの提唱でアンリ・カルティエ・ブレッソンらが創設した世界最高峰のフォト・ジャーナリスト集団です。
▲実に48年の時空を超えて並んだ「日本工房」と「マグナム」。国に違いこそあれ、ともに国鉄が依頼製作した写真集だ。

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『JOURS DE FRET』(意訳すれば「今日の貨物輸送」か…)と題された写真集は270×180ミリの並製横開きで、マグナム所属の2名の正会員によって撮影された160枚あまりの写真が収録されています。マグナムはもともと写真家の権利と自由を護り、主張することを目的として設立された会員自らが出資運営する組織で、本書を見ていてもその強烈な主張が各所にほとばしっています。
▲『JNR 1954』より。大胆なアングルの写真とグラフィックデザインの感覚をいち早く取り入れた誌面レイアウトは日本工房の真骨頂。

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国鉄が対外的アピールのために名だたる写真家集団に撮影を依頼して写真集を作る??この写真集を見ていて思い出したのが「日本工房」のことです。日本工房とは、日本における「報道写真」という概念の生みの親でもあり、希代の写真家・編集者であった名取洋之助が1933(昭和8)年に設立した歴史的写真家集団で、設立メンバーは木村伊兵衛、原 弘、伊奈信男、岡田桑三といった錚々たる面々でした。その後さまざまな紆余曲折を経て、この日本工房の潮流は長野重一、薗部 澄、田沼武能、東松照明、そして土門 拳といったわが国を代表する写真家を生み、そればかりか三木 淳や、果ては漫画家の岡部冬彦らまで輩出しています。

この日本工房、より正確に言うと戦後の第三次日本工房が国鉄の依頼で写真集を製作したのを知ったのは、名取洋之助(ちなみに私とは何の血縁もありません)の評伝を読みあさっていた時のことでした。戦後、実質的に『岩波写真文庫』の編集長を務めていた名取は、日本工房を株式会社組織に改組するとともに、『岩波写真文庫』以外にもさまざまなPR誌等を手掛けるようになります。そんな中、1954(昭和29)年に「国鉄のPR写真集を受注し、細井三平と薗部 澄が国鉄全線を撮影した写真集を完成した…」(三神真彦著『わがままいっぱい名取洋之助』)との記述に出会いました。あの日本工房が製作した国鉄の写真集、これは是が非でも見てみたい、そう思いながら何年かの歳月が流れましたが、ある日この写真集に偶然出会うことになります。

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それはある古書展の会場でした。ほかの本に埋もれるように置かれたそれは、写真集とは思えない表紙に『JNR 1954』の文字がデザインされており、英文A4版2分冊(各32頁)で2万円。見た瞬間にこれが日本工房の仕事、あの写真集だと瞬間的に分かりました。表紙のデザインが名取の愛弟子でわが国のグラフィックデザインの祖、河野鷹思のものに違いないからです。ちなみに河野はその後、東京オリンピックの公式ポスターをはじめ、大阪万博日本館や札幌冬期オリンピックのデザインなどを手掛けています。

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この写真集、戦後復興を成し遂げた国鉄が、国際社会への本格的復帰の礎にすべく英文で製作したものと思われ、恐らく和文版は存在しないと思われます。誌面はここにご覧に入れる一部でもお分かりのように、今日の目で見ても大胆かつ計算されつくしており、戦前の『NIPPON』、戦後の『サンニュース』、『岩波写真文庫』と続く日本工房の香りがふんぷんとたちこめています。

名取洋之助を核とした日本工房は、よく知られる土門 拳との強烈な確執など集合離散を繰り返し、やがて消滅してゆくわけですが、かのマグナムより遥か前に、極東の島国でこれだけの才能が集い、そしてさまざまな分野で次代を築いてきた事実は、多少ならず国際的にも鼻が高いと言えるのではないでしょうか。
▲奥付には四の五の文字はなく、日本国有鉄道製作の英文と名刺サイズの写真が絶妙の配置で置かれている。全編を通して日本工房の文字も写真撮影者のクレジットも入っていないが、裏表紙の片隅に河野鷹思のサインが小さく入っている。

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