鉄道ホビダス

蒸気ロコクレーンのこと。

lococ1.jpg
1987(昭和62)年に形式消滅したソ30形は、国産初の事故救援用操重車として知られ、現在でも小樽交通記念館に1輌(ソ34)が保存されていますが、この操重車、1970年からディーゼル機関に換装されるまでは縦型ボイラーを搭載した、いわば蒸気ロコクレーンでした。
▲興寧駅の新線建設現場で全国から集められた建設形蒸機にまじって働く蒸気ロコクレーン。'95.3.19

lococ2.jpg
ほとんど気にかけられることもありませんでしたが、国鉄の「無煙化」は機関車のみならずこのような蒸気ロコクレーンにも例外なく及び、「車輌」としての操重車はもとより、「施設」としての蒸気ロコクレーンも1970年代前半までに姿を消してしまいました。
▲詳しいスペックは判らないが、蒸気ロコクレーンとしては中型程度の大きさと思われる。各地の機務段(機関区)に類型機が見られた。

lococ3.jpg
そんな蒸気ロコクレーンが今なお現役で活躍しているのが中国鉄路局です。もちろんひと昔前から比べればその数は激減していますが、新線建設ラッシュも手伝って、旧式な蒸気ロコクレーンのニーズはまだまだなくなることはなさそうです。

写真は十年ほど前に広東省興寧の新線建設現場で働いていた蒸気ロコクレーンです。当時の広東省東北部・福建省側は幹線鉄道のインフラがほとんどなく、1994年12月28日の本線開業までは省都・広州からでさえチャーター便の中国南方航空機でアクセスするしかないような場所でした。それだけに各地で新線建設が旧ピッチで進められており、全国から余剰の蒸機や蒸気ロコクレーンが集められていました。
▲アームの先に取り付けられているのはバケットだが、見ているとこれを上手く使って何でも吊り上げてしまう。

lococ4.jpglococ6.jpg
『鉄道技術発達史』(国鉄)によれば、日本の蒸気ロコクレーンのルーツは1930(昭和5)年に輸入された「アメリカのインダストリアル会社製の2軸ボギー台車をもつ巻上荷重5tのもの」が嚆矢だそうです。始動に時間を要することや、給水設備等が不可欠なこと、さらに乗務員の作業量の多さなどから、はやくも3年後にディーゼル駆動のものが試作されましたが、「速度の細かい調整がきかないこと、振動の大きいこと、厳寒時の始動の困難なこと」などから量産は断念され、再びディーゼル式ロコクレーンが製造されるのは戦後の1952(昭和27)年になってからです。
▲縦型ボイラーとバルブギア類、さらには炭庫・水槽スペースまで入った「室内」は信じられないくらい狭い。すべてのアクションが蒸気動力のため、先頭部片隅の運転席には各種のリンケージ類が集中している。

engineering.jpg
国鉄が無煙化されてから数年後だったでしょうか、武豊線の車中から知多半島の工業地帯を凝視していると、東成岩に隣接する川崎製鉄の構内に蒸気ロコクレーンの姿が垣間見られました。屋根に突き出た煙突からは確かに煙が上が…。もとより見学など出来ようはずもなく、帰路の車中からはもうその姿を確認することはできませんでした。国内で蒸気ロコクレーンを目にしたのは、この時が最後となりました。
▲一度見てみたかった蒸気ロコクレーンというよりもクレーン付き蒸気ロコといった方が良さそうなベアー・ピーコック製Cタンク機。『ENGINEERING』(1908年2月21日号)より。
▼国鉄工作局機械課が戦前の設計を改良して作成した3t蒸気ロコクレーン形式図。もちろん自走も可能。
(クリックするとポップアップします)

レイル・マガジン

ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2018 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.