鉄道ホビダス

信濃竹原駅を訪ねる。

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発売中の『RM MODELS』12月号は“地面”特集。その中のスタッフコラムで写真担当の青柳が長野電鉄山ノ内線の信濃竹原駅を紹介しています。貨物側線や木造の上屋も健在のようで、訪ねてみたいなと思っていたのですが、先週末の長電詣でその夢が実現しました。
▲“右側通行”で信濃竹原に進入する3310列車。湯田中方の急勾配と急曲線がよくわかる。右の本屋の先には貨物側線とささやかな木造の上屋が見える。'05.10.29

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信濃竹原駅は信州中野から3.71kmに位置する小駅ですが、山ノ内線で唯一の停車場で、交換設備を持ち、ささやかな貨物側線も擁する同線随一の中間駅でした。信州中野側から40.0‰の急勾配で上ってきた本線列車は反位側にポイントを渡り、対向式ホームの本屋側に右側通行で進入します。これは構内を出た下り方がすぐに半径300mの曲線と30.0‰の上り勾配になっていることに関係しているようで、当然上り列車も本屋と逆側にポイント正位で進入します。上り方構内外れの、中野側33.3‰にかかる手前に脱線ポイントが設置してあることから推測するに、湯田中側からの上り列車が万が一逸走した場合、通常の左側通行ですと半位側にポイントを渡ることになり、その危険を避けるための窮余の策なのでしょう。
▲信濃竹原駅ホームに残る年代モノの標示の数々。本屋の建屋は残念ながら使われておらず、改札口などは窓ガラス越しに垣間見えるだけ。

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駅本屋はすでに無人化され、貨物上屋ともどもまったく使われてはいないようですが、見事なまでに現役当時、それも地方私鉄が輝いていた時代の香りを遺しています。なかでも驚いたのは数々の“看板”類です。ホームの木製柱に取り付けられた琺瑯製の乗り場案内や、貨物上屋には車扱い貨物に関する注意事項標示までもが、あたかも現役でもあるかのように残されています。
▲貨物上屋の軒に掲出されている車扱い貨物に関する標示。なお、昭和45年版「専用線一覧表」(『トワイライトゾ?ン・マニュアル12』所収)によれば、ここ信濃竹原には北信パルプ工業(株)の専用線があり、作業キロ0.2km、つまり200mを社機と手押しによって作業していたようだ。急勾配に挟まれ、なおかつ構内もレベルではなく3‰の勾配を持つだけに、入換え作業も神経を使うものだったのだろう。

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この信濃竹原駅の開駅は1927(昭和2)年4月28日。この駅本屋が開設当時のものだとすれば、実に80年近くも「ながでん」の移り変わりを見続けてきたことになります。残念ながら駅周辺にもあまり人影はなく、乗降客の姿もまばらで、列車交換もなくなった今となっては、ホーム片面1線の停留場に改築されてもまったく不思議はない状況です。

これから小田急10000形の運転開始や2000系の引退など話題の尽きない長野電鉄だけに、長電訪問の際は是非この信濃竹原駅を訪ねてみられては如何でしょうか。
▲本屋改札部の柵は閉じられていて、ホームへは隣接踏切側から直接出入りする形となる。かつてはこの駅まで電気機関車の牽く貨物列車がやってきており、この本屋もさぞや賑やかだったに違いない。

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▲四半世紀以上も前、個人的に模「景」を歩いていた時代のネガを見ていたら面白いことに気がついた。ホームの乗り場案内の標示が信濃竹原のもの(写真上)と同タイプではないか! スポンサーの広告もまったく同じ。「メガネのいとう」は今どうなっているだろうか…。'79.10.15 象山口

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