鉄道ホビダス

蒸気動車 JR東海博物館へ。(中)

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▲2基のクレーンで吊り上げられる車体部。写真は後部運転台側。汽車会社製工藤式蒸気動車のキハ6401は両運転台で、こちら側の運転台からは屋根上に這わせたワイヤーで運転操作していた。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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鉄道記念物20号に指定された直後の1963(昭和38)年に国鉄名古屋工場で分解・修復された際の貴重な工程写真がRMライブラリー『日本の蒸気動車』下巻に収録されていますが、今回の分解・搬出作業ではそれ以来のたいへん貴重なシーンを見ることができました。

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▲主動輪(後輪)に近い個所にセンターピン、サイドベアラーがあるのが分かる。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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さながら鳩時計か、からくり人形のように観音開きの前面扉から抜き出された機関部や、ほとんど側梁と水槽だけとなった機関室内部などを白昼の野外で目にすることは二度と再びできないでしょう。

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▲下から見た台枠だが、長土台受(側梁に直角に取り付けた三角のリブ様)と長土台(車体側下部全長にわたる角材で、それから間柱を建て、その上部は長桁で支持)、センターピンの状態が知れる。右側機関部は側梁しかないから、端梁を外してしまうと強度は著しく下り、搬出には気を使ったはずである。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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ところでこのキハ6401に代表される工藤式蒸気動車は、実は「両運車」なのです。機関室側に機関士と助士が乗務し、機関部を先頭にしか走れないと思われがちですが、逆端の2エンド側にも運転台があり、こちらから“遠隔操作”で運転することが可能です。遠隔操作といってもそこは究極のアナログで、屋根上を這わせた2本のワイヤーによって機関部の加減弁等を操作するだけです。当然、助士は投炭・給水をせねばなりませんから1エンド側から離れることはできず、2エンド側に乗務した機関士とは伝声管を通して連携を図ることになります。

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▲キハ6401の車体標記。名古屋工場の検査標記も見える。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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伝声管も三等室の吊手保持パイプを兼ねたもので、騒音と振動の中でどれほど意思疎通が図れたのか首を傾げます。汽笛や蒸気・手用制動機も2エンド側から操作できたようですが、はたしてカットオフの調節はどうしていたのでしょうか…。

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▲左:機関室前部の床部分だが、カラッポなのは機関部がここに入っていたから。水槽のホースに注意。枕梁は機関部のセンターピンを支えるが、その後ろの決して広くない床部分で機関士が運転し、助手が投炭していたのだが、居住性は良くなかったはず。右:機関室内のサイドタンク(固定)で、機関部台枠後部のタンクとはホースでつながれている。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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この2エンド側運転台からの遠隔操作時の助士による誤操作を防ぐために、エンド切り替え時に機関室側の加減弁等がロックできる機能が工藤式蒸気動車の特許であった(RMライブラリー『日本の蒸気動車』上巻参照)そうですが、今回の取材では残念ながら2エンド側の運転台細部を撮影することはかないませんでした。

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▲後部(非機関側)のバッファービーム。前部もそうだが、中央螺旋連環連結器の根本に四角い座金があり、これは恐らく前回復元時付加したと思われる。元来あるはずのないものだから、今回組立時には是非撤去してほしい。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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なお、今日も湯口 徹さんによる解説を交えてお送りします。写真解説の文字色が緑の部分は湯口さんによる解説です。

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