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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年12月12日

蒸気動車 JR東海博物館へ。(上)

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▲取り外されてクレーンで吊り上げられる機関部。軸距5フィート6インチ(約1676㎜)とえらくショーティーな超小型蒸気機関車の趣。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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2011(平成23)年春のオープンを予定している「JR東海博物館(仮称)」(アーカイブ「JR東海博物館(仮称)展示車輌を発表」参照)への展示車輌の搬出が開始されました。第一弾となったのは明治村に保存されている蒸気動車キハ6401で、去る12月7日(月曜日)朝からJR東海名古屋工場への大掛かりな搬送が行われました。

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▲ボイラーの焚口(左右にスライドして開く)とその開閉レバーがよく分かる。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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キハ6401(もとジハ6006)は1912(大正元)年汽車会社製。“キハ”を名乗るものの内燃動車にあらず、内燃機関ではなく外燃機関=蒸気機関を動力とする旅客車です。とても現代的感覚では理解できないシロモノですが、ひと言で言えば、ボギー客車の片側の台車が蒸気機関車となっているわけです。

IMG_6463.jpg明治村に保存されているキハ6401は、戦時中の1944(昭和19)年に名古屋鉄道が当時非電化の蒲郡線に投入する目的で国鉄(鉄道省)から払い下げを受けたものの、結局使いものにならず終戦後の1948(昭和23)年に廃車、その後、犬山遊園で展示されていました。しかし、現存唯一の蒸気動車であることから1962(昭和37)年に鉄道記念物に指定され、翌年、国鉄名古屋工場においてバッファーや螺旋連環連結器に復元し、塗装も赤帯を復活させるなど大規模な修復・復元工事が施工されました。こののち、一時は犬山遊園に戻されたものの、1967(昭和42)年以降は明治村に保存場所を移して展示されていたものです。
▲水槽側面に付けられた汽車会社の立派な銘板。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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▲外した機関側バッファービーム。バッファーと連結器は名古屋工場での復元に際し、最後まで螺旋連環式を使っていた淡路鉄道から譲り受けたものの由。上部煙突(途中の継ぎ目を外し上へ抜く)のツバは雨防ぎだが、少しきつい雨なら機関室内に降り込んだことだろう。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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▲吊り上げ作業中の車体部。形式図によれば、バッファー間全長49フィート6インチ(約15m)、定員80人(うち座席38人)、自重23.75t。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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今回の搬出作業は現存唯一の蒸気動車を分解、移送するとあって、その構造をつぶさに目にすることのできるまたとない機会です。明治村での搬出から深夜の名古屋工場到着までを、地元の山田 司さんに撮影していただきましたので、その様子を詳しくお伝えしてみることにいたしましょう。
なお、RMライブラリー『日本の蒸気動車』(上下巻)で今年の島秀雄記念優秀著作賞を受賞(アーカイブ「島秀雄記念優秀著作賞を受賞」参照)した蒸気動車研究の第一人者・湯口 徹さんには簡単な解説をお願いいたしました。写真解説の文字色が緑の部分は湯口さんによる解説です。

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▲左:付随台車内側軸の車軸発電機用プーリーが分かる。右:下から見上げた台枠、床で、縦根太が木の角材であることが理解できよう。'09.12.7 明治村 P:山田 司
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▲付随台車。ホイルベース7フィートのイコライザー式で、TR10系と大同小異である。足元のレールが双頭式であるのに注意。大正末期か昭和になっての改造で、端梁の一部を欠きとり、補強している。( 『日本の蒸気動車』下18頁中国鉄道キハ1、2竣功図参照)'09.12.7 明治村 P:山田 司
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▲名古屋工場で修復、犬山遊園に搬入されて間もない頃のキハ6401。1967(昭和42)年には明治村に移設されている。P:三谷烈弌
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