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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年12月 8日

祝! C61 20復活決定。

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▲日豊本線で活躍していた晩年のC61 20号機。九州に転じてからの稼動は2年ほどだった。'72.8.6 日豊本線佐土原 P:古澤成博 (『わが国鉄時代』vol.3より)
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本日、12月8日14時からのJR東日本の定例社長会見において、C61 20号機の動態復活が正式に発表されました。C62 3号機が火を落としてから14年、日本の鉄路に再び“ハドソン”の煙が戻ってくるのです。

09n1208n021.jpg本誌今月号でも詳細をご紹介しているように、C61 20号機は現在、群馬県伊勢崎市の華蔵寺(けぞうじ)公園遊園地に静態保存中です(アーカイブ「話題のC61 20号機を見る」参照)。財団法人伊勢崎市公共施設公社の手によって手厚く保守されてきたため、保存状態はきわめて良く、欠品部品もほとんど見受けられません。現在、同機はこの入園無料の大遊園地ののりものゾーンとも言える遊戯物エリアの奥に保存されています。
▲伊勢崎市華蔵寺公園で保存されている現在の状態。東北時代を偲ばせるスノープラウも装着されている。'09.7.21 P:名取紀之
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JR東日本の発表では、「今回、より多くのお客さまにSLの旅を体験していただくとともに、鉄道の産業遺産である蒸気機関車を後世に伝えることを目的として、新たにC61形蒸気機関車を復元します」と前置きしたうえで、注目の復活時期は再来年2011(平成23)年春以降としています。

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▲東北本線で客車列車を牽引するC61 20号機。特急牽引の任にもあたった仙台時代が、20号機にとっては最も栄華に満ちた時代だったといえる。'68.1 東北本線厨川-滝沢 P:浅原信彦
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注目の配置区所ですが、D51 498号機と同じく高崎車両センター高崎支所となるようで、リリースでも「復元後は、主として高崎エリア(高崎~水上、高崎~横川)で運行します」と発表されています。D51 498号機とあわせて、毎週末及び繁忙期など年間110日程度、蒸気機関車がこの区間を運行することになるとされていますが、東北本線、常磐線、奥羽本線といった東北地方の幹線での活躍が最も記憶に残るC61 20号機だけに、各地への“出張”にもぜひ期待したいところです。

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▲16時17分、水上発上野行きの746列車を牽いて高崎駅を発車するC61 7〔尾〕。7号機はこののち白河機関区を経て青森に転じ、1968(昭和43)年に廃車となっている。'51.8.14 高崎線高崎 P:田部井康修
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また、さらに嬉しいのはこのC61 20号機の動態復元とあわせて旧型客車7輌の整備も発表されたことです。この旧型客車も「各地で開催されるイベントや新たな旅行商品などとして使用できるように」するそうですから、C61の牽く旧型客車7輌などという迫力ある編成も、あながち夢ではなさそうです。

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▲駐留軍専用客車を牽いて高崎を出る誕生わずか一年後の尾久機関区のC61 18。後ろに続く客車は白帯に“ALLIED FORCES SECTION”の標記があるスロフ730〔東ヲク〕。'50.10.1 高崎線高崎 P:田部井康修
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ちなみに、高崎とは縁がなさそうに思えるC61ですが、実は上野~高崎間での運用に就いていた時期もありました。尾久機関区時代の仕業で、その“証拠”ともいえる写真を田部井康修さんからお借りしましたので、お目にかけることにいたしましょう。残念ながら20号機は尾久、宇都宮、水戸といった関東圏のC61配置区に在籍したことがありませんから、貸し出しでもない限り、恐らく高崎の地を踏んだことはないはずですが、僚機の高崎での活躍を見ながら、「2011年春以降」に思いを馳せたいと思います。

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▲高崎駅構内で待機する一番違いの僚機C61 19〔尾〕。同じ三菱三原製で製造年月日も3日早く、製造番号も連番の兄貴分。こののち、白河区、盛岡区、仙台区、青森区と転じ、20号機と一緒に宮崎区へと渡った。現在でも鹿児島県国分市城山公園で保存されている。'51.3.31 高崎 P:田部井康修
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最後にもう一度C61 20号機のこれまでの足取りをおさらいしてみましょう。

1949(昭和24)年7月31日竣功(三菱重工業三原工場製番659)。
   ※ボイラはD51 1094(1944年日車)のもの
1949(昭和24)年8月30日青森機関区に新製配置
1950(昭和25)年1月18日仙台機関区に転属
1966(昭和41)年12月14日青森機関区に転属
1969(昭和44)年9月12日土崎工場全検出場
1971(昭和46)年9月15日宮崎機関区に転属
1973(昭和48)年8月28日休車
1973(昭和48)年11月18日付け「工車976号」をもって廃車決済
1974(昭和49)年1月より群馬県伊勢崎市華蔵寺公園遊園地に保存展示


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