鉄道ホビダス

2009年12月 6日アーカイブ

上毛電気鉄道は今。(下)

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▲歴史ある電車庫の前に車齢81歳の電車と80歳の“電関”が待機する。一年前にはまさかこんな光景が見られようとは誰も思ってもみなかったはず…。'09.11.29 大胡
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長らく東急長津田車両工場で入換えに従事してきたデキ3021が大胡車庫に搬送されたのが9月25日。その後、上毛電気鉄道の皆さんの献身的な努力によって見事な再塗装が施され、10月18日のお披露目となりました。残念ながらこの一般公開にはうかがえませんでしたので、私が大胡の地でデキ3021と対面するのは今回が初めてです。

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▲下地から丁寧に修復されて再塗装を施されたデキ3021はまるで新製車輌のような輝きを放つ。キャブ側面には上毛電気鉄道の社紋が入れられている。'09.11.29 大胡
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デキ3021は1929(昭和4)年川崎車輌製。ということは、1928(昭和3)年、同じ川崎車輌製のデハ101とは一歳違いの弟分ということになります。上毛電気鉄道は開業以来、電気機関車を所有したことはなく、かつて線内で行われていた貨物輸送もすべて電車牽引で行われていましたから、大胡の地に電気機関車が姿を現すのは開業以来のこととなります。

091205n0404.jpgところで、デキ3021が東急線内で活躍する姿を目にした方は少ないのではないでしょうか。本誌今月号で関田克孝さんが「東急電関物語」として東急デキ3021の80年を詳述下さっていますが、東横電鉄初の本格的電気機関車として誕生した同機は、横浜線と接続する菊名駅からの直通貨物授受を主に、昭和30年代まで菊名~田園調布間で定期運用を持っていましたが、1966(昭和41)年の菊名駅改良工事着工とともに運用休止、翌年3月には貨物列車そのものが廃止となってしまったため、以後は夜間の工事列車牽引に従事するのみとなってしまったからです。
▲その面構え。機械室前部に付けられた2基の補助灯は夜間の工事列車用に1965(昭和40)年に追加されたもの。'09.11.29 大胡
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1972(昭和47)年の長津田車両工場完成時に同工場の入換専用機となったものの、3年後の1975(昭和50)年12月27日付けで車籍を失って機械扱いとなってしまいました。それでも同工場の重要なシャンターとして、その後30年以上にもわたって活躍することとなるのです。

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▲車輌としての籍はないため本線上での走行はできないが、来年1月3日に予定されているイベントでは大胡車庫構内を初めてデモ走行する予定。'09.11.29 大胡
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残念ながら車籍を失っている以上「車輌」としての復活はそう簡単には望めそうにありません。それでも本線と隔離された構内で動かすことは可能で、昨日もお伝えしたとおり、上毛電気鉄道では来年1月3日のイベントでこのデキ3021の初の公開構内運転を予定(→こちら)しております。古澤社長の数々の英断のもと、上毛電気鉄道は北関東のヘリテージ・センターとして、来年も新たな展開を見せてくれるに違いありません。

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