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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年9月 5日

近江鉄道桜川駅の謎の廃車体を探る。(上)

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▲一見するとただの廃屋のようにも見える桜川駅構内の廃車体。かつては倉庫として用いられていたようだが、いったいいつからここに置かれているのだろうか…。'09.8.15 桜川
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かねてより一度見てみたいと思っていたのが、近江鉄道桜川駅構内の木造客車と思われる廃車体です。 『トワイライトゾ?ン・マニュアル 10』で下嶋一浩さんがレポートされたのが8年前、続いて広田尚敬さんが『鉄道写真2003』の「近江紀行」でモチーフとして取り上げられていますが、いかんせん、その時点でもかなりの荒廃ぶりで、すでに現存しないのではと思っていました。

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▲全景を見ると明らかに木造客車の成れの果てであることが知れる。D7の側面窓割りが何とも中途半端。'09.8.15 桜川
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ところが、今年5月31日付けの「今日の一枚」で兵庫県の山口敦史さんが現状を発表され(→こちら)、2009年の現在でもほとんど変わらぬ姿のまま残っていることが知れました。そこで先日、五箇荘の側線(アーカイブ「近江鉄道五箇荘側線を訪ねる」参照)を訪れたその足で桜川駅へと向かうことにしたのです。

090905n002.jpgそれにしてもこの木造客車と思しき廃車体、それなりに知られた存在でありながら、これまでなぜかその正体は本格的に究明されてはいません。先述の下嶋一浩さんのレポートをはじめ、木造客車の切断車体では…といった記述は少なくないのですが、残念ながらどこにも傍証が見当たらないのです。そこで今回は現車を仔細に見て、何か出自を示す証拠となるものを見つけ出せないものかと、淡い期待を抱いての現地入りです。
▲逆側(東側)から見る。無粋な屋根はどうやらのちに載せられたもののようだ。'09.8.15 桜川
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▲線路の反対側は用水路があり近づけない。これは用水路を挟んだ道路から撮影したもので、Rのついたドア幕板部などがよくわかる。'09.8.15 桜川
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百年以上の歴史を持つ近江鉄道の車輌史はきわめて複雑で、ことに創業(1898年)間もなく発生した彦根車庫の火災(1912年)による改番がその難解さに輪をかけています。訪問前に、『鉄道ピクトリアル』誌で「私鉄車両めぐり/近江鉄道」を執筆され、その判じ物の客車史を解説されている白土貞夫さんにうかがってみましたが、残念ながら白土さんをして決定的な判断材料はお持ちではありませんでした。

090905n024.jpgところで、近江鉄道は13輌の2軸客車で創業しましたが、注目すべきはそのすべてが福岡鉄工所製であったことです。福岡鉄工所といえば、そう、あの石油発動車の福岡鉄工所です。福岡駒吉さん率いる同社は1900(明治33)年前後、驚くほど多くの客車・貨車を製造しており(RMライブラリー『石油発動機関車 ~福岡駒吉とわが国初の内燃機関車~』参照)、近江鉄道が開業に備えて調達した客貨車もすべて福岡鉄工所によるものだったのです。
▲次々とコミュニティー施設を併設した近代的な駅舎に生まれかわりつつある近江鉄道の駅だが、ここ桜川駅は驚くほど“昭和”の風情を残している。鬼瓦に残る旧近江鉄道社紋も見所。'09.8.15 桜川
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▲朝の通勤・通学時間帯のみ窓口が開くが、昼間は無人駅となる。構内には貨物側線と上屋も健在。'09.8.15 桜川
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もちろん、その後の増備や八日市鉄道からの転入車などもあって、最盛期には30輌を超えていた客車群だけに、にわかに判断は下せませんが、歴代在籍客車の大半は福岡鉄工所製でもあり、桜川の廃車体が同社製、つまりは“駒吉さんの客車”である可能性はきわめて高いわけです。

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