鉄道ホビダス

消えた“プリムス”。

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▲2年半前には確かにあったプリムスは忽然とその姿を消してしまった。見覚えのある背後の山をバックに、空しく“定点撮影”。'06.11.25/'09.6.27 陸奥工業桝館作業所跡
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先日、所用で“三八地方”を訪ねた際、2年半ほど前に訪れた五戸のプリムス(アーカイブ「北東北を巡る」参照)を再訪しようと立ち寄ってみることにしました。場所は五戸市浅水・関口地区。何の変哲もない田舎道の横に忽然とプリムスの牽く列車が保存(放置?)されていたのですが、記憶を頼りに辿り着くと、なんときれいさっぱり消え去ってしまっているではないですか…。

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▲3輌のトロもすっかり取り払われてしまった。かなり荒廃が進んでいただけに致し方ない結末かも知れないが、残念。'06.11.25/'09.6.27 陸奥工業桝館作業所跡

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前回訪れた際も、陸奥工業桝館作業所と記されたプレハブの事務所は荒廃しきっており、プリムスが展示されている前庭に相当するスペースも草生して荒れ放題。この分では遠からず整理されてしまうのではと、厭な予感を感じてはいたのですが、まさかこれほど早く撤去されてしまうとは思ってもみませんでした。

090804n003n.jpgこの五戸のプルムスを最初に訪ねたのは今から27年前の1982(昭和57)年3月のことでした。当時、住友セメント八戸工場の原石軌道(軌間2フィート)で使われていた車輌の多くが“三八地方”各所に保存されており、その保存車たちを巡る旅の中で訪ね当てたのがこの陸奥工業桝館作業所でした。住友セメント八戸工場の軌道は1973(昭和48)年夏に地下ベルトコンベアにとって代わられるまで現役でしたので、この訪問時点ではまだ廃止後10年も経っていなかったことになります。
▲27年前のプリムス。まだ状態が良く、多少整備すれば動きそうだった。'82.3.20 陸奥工業桝館作業所
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他所の保存機がことごとく加藤製作所製なのに対し、なぜかここ陸奥工業の保存機は2輌ともにプリムスで、しかも片方には「製番1586」の製造銘板も残っていました。この製番1586は1923(大正12)年10月24日の製造で、発注元は磐城セメント。まさに八戸工場の軌道の誕生から廃止までを見届けてきた機関車であることが知れます。

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▲2輌のプリムスが列車を牽引する形で置かれていた。手前の編成(製番1586)はその後、八戸市の松館小学校に移設されて現在でも大切に保存されている。'82.3.20 陸奥工業桝館作業所
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ここにきて保存車輌がいつの間にか解体撤去される例が増えてきているようです。経年劣化はもちろんのことながら、アスベストなどの環境問題、さらには管理する企業・自治体の昨今の財政状態なども背景にあるようですが、今回の“消えたプリムス”の実体験で、保存車といえども「また今度…」が通用しないことをあらためて思い知った次第です。

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