鉄道ホビダス

岸由一郎さんを偲ぶ一冊。

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▲新潟県新発田市のデンカセメント新発田サービスステーションで活躍していたKATO8トンのボランティア作業に参加した時の岸由一郎さん。この機関車はのちに小ブログで引き取り先を募ってめでたく保存先が決まり、岸さんもたいへんよろこんでおられた。'03.10.20 P:笹田昌宏

昨年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震の際、駒の湯温泉で犠牲となった鉄道博物館学芸員の岸由一郎さんを偲ぶ本が出版されました。『あの電車を救え! 親友・岸由一郎とともに』(JTBパブリッシング発売)と題されたこの本は、学生時代から無二の親友として行動を共にしてきた笹田昌宏さんが岸さんへの断ち切りがたい思いを綴ったまさに慟哭の書で、齢35歳で散った岸さんの生き様とともに、二人の築いてきた友情に思わず目頭が熱くなります。

090806n021.jpg岸由一郎さんは1972(昭和47)年群馬県前橋市のお生まれ。福井大学付属中学校に進まれ、東京学芸大学入学までを福井で過ごされます。この中・高校生時代の京福電鉄(福井鉄道部)との出会いが鉄道、とりわけ地方鉄道への興味を育まれ、その後の進路を決定づけることとなります。東京学芸大学ではかの青木栄一先生に師事、同大学院を経て交通文化振興財団「交通博物館」の学芸員に就任されます。その後、東日本鉄道文化財団の鉄道博物館プロジェクトの一員として鉄道博物館、ことにヒストリーゾーンの企画実現に深く関わられたのはこれまでにもたびたびご紹介してまいりました。

Kishi%20Photo1n.jpgかたやプライベートでは、1995(平成7)年に「加悦SL広場」を初訪問したのをきっかけに、車輌やその関連資料の保存に積極的に取り組まれるようになり、全国各地でボランティア活動を繰り広げられます。その活動たるや、まさに寝食を忘れた余人には真似のできないもので、その熱意が多くの解体予定車輌を救い、廃棄予定資料を護り、そしてなによりも多くのボランティアを生んできました。
▲蒲原鉄道「モハ1」の保存に向けて署名運動に取り組む岸さん。その甲斐あって、「モハ1」は現在も冬鳥越スキーガーデンに保存され、加茂市指定文化財となっている。(アーカイブ「蒲原のモハ1を見る」参照)'00.7 P:笹田昌宏

笹田さんはあとがきで「とりわけ感慨深かったのは『岸由一郎年譜』をまとめる作業をしながら、一つ一つの成果をたどり、岸君が成してきたことの全体像を見渡したとき、たった一人の人間が、これほどまでのことを成し得るのだと再認識したときだった。私はすごい人間を親友に持っていたのだと改めて思った。同時に、ここまで成果を積み重ね、これからさらに飛躍していこうというところだったのに、平成20年(2008)6月14日を境に、それがぷっつりと途切れてしまったことが、惜しくて仕方がない」と綴っておられますが、まさに同感です。

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▲先月、本書の出版とあわせ、岸さんを偲んで「Forever岸由一郎」の集いが行なわれ、百名近い縁の方々が集った。笹田さんによる岸さんの足跡を辿るスライド上映もあり、参加者はそれぞれの思いを抱きながらスクリーンを見つめた。'09.7.18 P:名取紀之

現在アメリカ在住の笹田さんは、来年には帰国されるとうかがっています。本来ならば、帰国のその時から、また岸さんとの二人三脚の活動が始まり、十年後、二十年後にはこの国の鉄道文化を象徴する大きな成果を生んだに違いありません。かえずがえすも残念でなりませんが、本書で岸さんの全力疾走の生涯を振り返り、なおかつ鉄道を通した人のつながりや友情に思いを馳せていただければと思います。

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