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2009年8月 5日アーカイブ

夏、会津・只見の頃

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▲霧に包まれた只見川第一橋梁をゆく9463レ。朝の只見川第一橋梁が霧に覆われると、午後は猛烈な暑さとなる。会津檜原-会津西方 '73.8.24

今年の夏はいつにない不順な天候が続いていますが、こうなると不思議なもので、湧き上がる夏雲と照りつける日差しが恋しくも感じられます。かつて全国を行脚していた頃は、各地で猛烈な暑さを体験してきましたが、会津地方の暑さも忘れられないもののひとつです。

090805n003.jpg1973(昭和48)年夏以降、中央西線の無煙化達成にともなって、東京から最も手近な蒸機は会津・只見・日中線のC11となってしまいました。それまでにも幾度か会津には足を運んでいたものの、さすがに夏場は敬遠して訪れたことがなかったのですが、無煙化によって周辺包囲(?)された1973(昭和48)年夏、やむなく真夏の会津へと足を踏み入れることとなりました。
▲只見川にはまだ渡し舟が残っていた。幻想的な風景が広がる。'73.8.24
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▲只見川第四橋梁を渡る1491レ。時刻はすでに昼近く、写真では伝わらないが、辺りはまさに蒸し風呂のような暑さである。'73.8.24 会津水沼-会津中川

この時点での会津・只見線のC11定期運用は会津若松~会津田島間2往復(単機回送を除く)、会津若松~只見間1往復、会津若松~会津坂下間1往復で、旅客列車牽引のあった2年ほど前からすると撮影効率の悪さは比べるべくもありませんでした。それでも両線のロケーションの良さはその効率の悪さを補って余りあるもので、夏休み期間中は残された煙を求めて多くのファンが詰め掛けることとなります。

090805n005.jpgこの時の撮影行は夜行の急行「ばんだい」で上野を発って、初日は只見線を撮影、友人たちと会津宮下の旅館に泊まって翌日は会津線へ行き、その日のうちに帰京するというものでした。今から思えば強行軍のようにも思えますが、磐越西線の上り最終234レで郡山へ行き、待合室で翌日の下り始発223レを待つといういつものパターンからすれば、これでもかなりリッチな撮影行だったのです。
▲早戸駅を通過する1492レ。コンプの排気だけを残し、C11はけだるく走り去っていった。'73.8.24
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▲この時のカメラは珍しくミノルタ・オートコードⅢを使った。フィルムはエクタクローム。今見てもロッコール75㎜F3.5は素晴らしい描写力だ。'73.8.25 会津宮下-早戸(只見川第三橋梁)
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檜原、宮下、早戸、そして湯野上と、汗まみれになりながら歩き回ったものの、いかんせん蒸し風呂の中にいるような気候ゆえ、写真的にはとりたてて見るべきものもなく、ただただ暑さだけが強烈に記憶に残っています。ただ、夏の会津はこれで懲りたわけではありません。翌年夏も再訪し、またしても強烈な暑さを体験することになるのです。
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