鉄道ホビダス

2009年6月 3日アーカイブ

090603chichibu004.jpg
▲現在とは微妙に山容の異なる武甲山をバックにずらりと並んだ機関車+緩急車の列。手前からデキ104、ヨ18、ED38 1、ワフ32、国鉄ワフ、国鉄ヨの順。'79.3.31 秩父
クリックするとポップアップします。

昨日は現役のヲキフをはじめ、三峰口の秩父鉄道車輌公園で保存展示されているワフやヨをご紹介いたしましたが、今日はその補遺編として30年ほど前の秩父鉄道の緩急車の姿をいくつかご紹介してみましょう。

090603chichibu001.jpg
▲秩父駅構内に留置中のワフ43。古めかしい9t積木造有蓋緩急車で、出自は大正中期の天野工場製とされる。画面左奥に見えるデキ202はのちに三岐鉄道へと転じる。'79.3.31 秩父
クリックするとポップアップします。

時は1979(昭和54)年春。まだ三ヶ尻線(武川-熊谷貨物ターミナル間)が開業する前で、セメント関連輸送も鉱石輸送のみならずスム車を使った袋詰め輸送が行なわれていた時代です。もちろん武甲線(影森-武甲間)や影森以遠の車扱い貨物も健在で、それだけ緩急車の需要もあったわけです。

090603chichibu008.jpgこの時点で在籍していた緩急車・車掌車はヲキフ100形、ワフ30形、ワフ40形、ヨ10形の4形式。スム車改造のワフ50形はまだ誕生しておらず、有蓋緩急車は阪和電気鉄道出身の鋼製有蓋車を種車とするワフ30形と、大正生まれの木造ワフ40形の2形式だけでした。両車ともに走り装置は前時代的なシュー式で、ことに側面はおろか妻面にも筋交いが目立つワフ40形は、私鉄最大の貨物輸送量を誇る秩父鉄道にあって少々場違いな印象さえ受けたものです。
▲真横から見るとその“珍車”ぶりがひときわ目立つヨ10形18号。台車中心間距離も異様に短い。'79.3.31 秩父
クリックするとポップアップします。

090603chichibu007.jpg
▲7t積の鋼製有蓋緩急車ワフ30形32号。出自は阪和電気鉄道からの国鉄買収貨車ワ21600形で、有蓋貨車ワ150形としてしばらく使用されたのちに緩急車化された。左側は“同郷”のED38。'79.3.31 秩父
クリックするとポップアップします。

もっとも、当時はまだ生え抜きのデキ1形5輌や阪和電気鉄道の生き残りED38形3輌も現役だったわけですから、あながちワフ40形のみが時代的に浮いていたわけではないかも知れません。“小型”と称されたデキ1の牽く普通貨物列車の最後部にちょこんと付いたワフの姿は、重厚な20輌編成のヲキ列車とはまた違った魅力でした。

towa16_bunner.jpg

レイル・マガジン

2009年6月   

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
「編集長敬白」が携帯電話でもご覧になれます。下記アドレスもしくはQRコードを読み取ってアクセスしてください。
http://rail.hobidas.com/blog/
natori/m/

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2018 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.