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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年5月28日

叡電前「交叉点」は今…。

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▲昨日、高橋 修さんが撮影してきてくれた元田中(かつての叡電前)の現況。京都市電はここで叡電と平面クロスしていた。バックに見える日除けひさしの出ている二階がもとの喫茶「交叉点」。'09.5.27 P:高橋 修

一昨日ご紹介した京都市電「叡電前」電停の喫茶「交叉点」(→こちら)ですが、RMライブラリー『京都市電最後の日々』の著者・高橋 修さんが、昨日、現地の様子を見てきてくれました。高橋 修さんは同書でもご紹介しているように、お父様の高橋 弘さんがご主人をなさっている、同じ市電東山線の五条坂電停前の写真店のご子息。お仕事の合間を縫って、わざわざ見にいって下さったようです。

09528eiden001.jpg予想通り喫茶「交叉点」はなくなっていましたが、同じ2階には別のカフェが入居しており、叡電向きのガラス張りの席はまだ健在のようです。当時の外観写真が残っておらず正確にはわかりませんが、記憶の限りではビル建物そのものも基本的に当時のままと思われます。木造の踏切小屋をはじめとした周囲のストラクチャーは大きく変貌を遂げてしまっていますが、あの懐かしい空間がいまだに残されているのはなんとも嬉しい限りです。
▲叡電前での京都市電と叡電との出会い。画面右には古風な踏切小屋が見える。私が最後に叡電前を訪れたわずか2週間後の撮影。'78.4.10 P:高橋 弘 (RMライブラリー『京都市電最後の日々』下巻より)

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▲八瀬遊園(現・八瀬比叡山口)に到着しようとするデナ500形。とりたてて気にもせずに撮った写真だが、今から思うとこんな木橋があたりまえのように残っていた時代だった。'78.3.28 三宅八幡-八瀬遊園 P:名取紀之
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090528eiden004.jpgところで、この最後の訪問時のネガを見返してみると、「交叉点」で一服したのち、元田中から叡電に乗って八瀬遊園、現在の八瀬比叡山口へと向かったことがわかります。当時の叡山本線は、京都電灯、鞍馬電気鉄道時代からの引継車であるデナ21形の天下。昭和初期生まれのポール電車が、八瀬への33.3‰勾配を盛大な吊り掛け音を響かせながら登っていました。期せずしてこの年に叡電はパンタグラフ化されてしまうのですが、撮影時点では当然ながら気づいていませんでした。
▲デナ22の車内。古風な外観ながら床板をはじめ、かなり更新が図られているのがわかる。'78.3.28 P:名取紀之
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▲三宅八幡に到着する出町柳行きデナ22。シンプルトロリーの架線にトロリーポールの組み合わせはこの年を最後に見られなくなってしまった。'78.3.28 八瀬遊園-三宅八幡 P:名取紀之
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“定点観測”をお送りいただいた高橋 修さんには重ねてお礼申し上げますが、ネット時代の情報速度を改めて思い知らされた気もいたします。それにしても、いつの日か、あの懐かしい二階席で、叡電ならぬ叡山電鉄の電車をゆっくりと眺めてみたいものです。

※明日29日(金曜日)15時30分から約20分間、NHKラジオ第1「金曜旅倶楽部」で「SL復活!初夏 肥薩線の旅」と題して生トークを放送いたします(→こちら)。ぜひお聴き下さい。

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