鉄道ホビダス

2009年5月17日アーカイブ

「梅隆鉄路」は今…。

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▲西埔から二砿への大橋梁はかつての姿のまま遺構となって聳えている。左の巨大広告看板が広東省の山奥のこの村にも大きな時代の変化が訪れていることを感じさせる。'08.1.4 P:古賀俊行

先週まで9回にわたってお伝えした「遙かなり梅隆鉄路」ですが、実は連載途中で思いもかけないレスポンスを頂戴いたしました。なんと昨年正月に現地を訪れた方がおられたのです。今日はその古賀俊行さんからのお便りと写真で、海外のサイトからも情報が途絶えて久しい「梅隆鉄路」の“今”をご紹介してみたいと思います。

kogasan0007.jpgいつも雑誌、サイト共に楽しく拝見させていただいております。さて、「編集長敬白」で中国南部の梅隆鉄路が紹介されており、大変興味深く拝読いたしております。私は三十代後半で、日本では生きた蒸機の最後に間に合わなかった世代で、ここ数年興味を持ち訪問しだした中国でも、蒸機、ナローともにその最末期になってしまい、もう少し早く関心を持っていれば、と後悔しきりなところです。そのようななかで、小生は最近、インターネット上の数少ない情報を頼りに中国の地方部のナローや炭礦等を訪問したりしているのですが、1年少々前、昨年の正月明けに、この梅隆鉄路(跡)を訪問したばかりでしたので、本記事には大変驚き、写真を拡大したりしつつ、食い入るように読ませていただきました。
▲かつての構内から見た梅県駅本屋。線路はすっかり剥がされてしまっている。'08.1.4 P:古賀俊行
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▲「梅県火車站」の看板が残る駅本屋正面。廃止から7年近くを経てすっかり荒廃してしまっている。'08.1.4 P:古賀俊行

小生が現地を訪問したのは昨年1月4日です。ベトナム北部ThaiNguyenのリューサ製鉄所の工建形SLを訪問した後、廈門から客家円楼地帯を経由して、前日宿泊の下関温泉からバスで昼前に梅州市へ入り、その後はその日の夜行で?州林鉄(跡)を訪ねるという強行日程でした。

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▲出札窓口(左)には最後の発車時刻表が残されていた。152レと154レの2本は1995年当時のまま。駅前には関連の学校らしき案内看板(右)が残る。'08.1.4 P:古賀俊行
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▲構内から見た梅県駅本屋(左)と「鉄路診所」と看板を掲げた診療所(右)。梅県の町には梅隆鉄路の面影がかろうじて残されている。'08.1.4 P:古賀俊行
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梅県駅は市内外れ、恐らくは旧市街地の外れに位置し、五州バスターミナルからなら徒歩で行ける距離にあります。「旅行人ウルトラガイド客家円楼」の88ページ、梅州市内地図の隅の方に、この駅の存在が書かれています。梅県駅から東側(恐らく線路は北西方向ですので、引き込み線でしょうか)にも明らかに廃線跡と判る空間が残っていましたが、レール等は発見できませんでした。この訪問前には、西埔付近の発電所専用線として一部区間のみが依然供用中とのネット情報を得ていたのですが、時間不足もあり、確認出来なかったのが心残りです。

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▲すっかり草蒸した廃墟と化してしまった西埔駅構内。画面左に見える建物はあのC4がたむろしていた西埔機務段の検修庫。'08.1.4 P:古賀俊行

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▲画角は多少違うが、上の写真の13年前。画面右側のアパートで位置関係が同定できよう。'95.3.18 西埔 P:水野克成

さて梅県駅跡を見たあと、上述の五州汽車站から郊外の黄陂行のバスで次の目的地西埔へ向かいました。西埔はバスターミナルすらない炭礦街の道端で、バイクタクシーに「西埔火車站」と書いて、連れて行って貰った丘の上(直前にくぐった橋梁からの延長線上)には、駅舎や機関庫はおろか、線路や枕木、砂利すら見つけることが出来ず、本当にここが旧駅跡なのか確信を得られませんでした。

kogasan0003.jpgこの時点で既に16時半、ご存じかもしれませんが、中国の市外バスは終車が極めて早く、これを逃すとその後の日程に影響してしまい(冬休みの最後までに帰国できなくなると職場で叱られてしまうため)、やむなく後ろ髪を引かれる思いで現地をあとにし、興寧経由で梅州に戻った次第です。そのため、龍川、合水、既にすっかり暗くなってしまっていた興寧(それなりの規模の街である一方、手元には線路が何処にあったか判る資料もありませんでしたので)等はまったく訪問できていません。
▲粉炭置き場であろうか、広大な空き地となっている西埔駅構内。'08.1.4 P:古賀俊行
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▲同じくほぼ同位置の13年前。梅県方から西埔駅構内に入ったすぐの所で、駅本屋は画面の左へ200mほど行った場所にあった。'95.3.18 西埔 P:水野克成

最後になりましたが、C4形蒸機の話がありましたので、2007年2月12日、河南省許昌の禹鄲鉄路…河南省地方鉄路局許昌分局の許昌機輌段の中に保管されていた、C4形の写真も送らせていただきます。あまり状態がよいようには見えませんでしたが、「お金を出せば、火を入れれば走るよ」と言っていたので、C4としては、(ちょっと修理すれば)可動状態にある、唯一の個体かもしれません。

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▲河南省地方鉄路局許昌分局の許昌機輌段の中に保管されていたC4形。'07.2.12 P:古賀俊行

古賀俊行さん、ほんとうにありがとうございました。まさか梅隆鉄路跡を探訪された日本人がいようとは想像さえしていませんでした。すっかり“トワイライトゾ~ン”と化した梅県や西埔の画像には、どこか同定できるものが写り込んでいないものかとポジをひっくり返して、思わず夢中になってしまいました。広東省梅県を訪ねてから14年…梅隆鉄路はほんとうに遙か遠くに消えていってしまったようです。

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