鉄道ホビダス

2009年3月アーカイブ

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▲最近ではとんと出番がなくなったものの、愛着もひとしおだけに“元箱”も保存してある。店頭用のプライスタグには¥103,500の表示が見える。
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先週、HOYA株式会社PENTAXイメージング・システム事業部からショッキングなお知らせが届きました。“中判フィルムカメラ「PENTAX 67Ⅱ」「PENTAX 645NⅡ」生産終了のお知らせ”です。

090331n012“デカペン”と愛称される67をはじめとしたペンタックスの中判カメラは、鉄道写真の世界ではいまだに根強い人気があり、ことに作品創りに拘りを持つハイアマチュアの皆さんからは絶大な信頼を得ています。それだけに今回の生産終了にショックを受ける方は多いはずです。
ペンタックス初の中判一眼レフ「アサヒペンタックス6×7」が発売されたのは、いわゆる「SLブーム」全盛期の1969(昭和44)年のことでした。国鉄末期の1984(昭和59)年にはセミ判フォーマットの「ペンタックス645」が加わり、レンズが共用できることもあって、撮影地には「6×7」と「645」の砲列が現出することとなります。その後「6×7」は1989(昭和64)年に「67」に名称変更、1998(平成10)年には「67Ⅱ」へと進化を遂げて今日に至ります。
▲2度にわたる大修理を経たわが“デカペン”。軍艦部も1989年以降の“67”表記のものに交換されてしまっている。
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私が“デカペン”こと「アサヒペンタックス6×7」を手に入れたのは1970年代の終わり。長年の中判カメラへの夢が叶ったこの時の感激は生涯忘れることができないでしょう(『鉄道写真1999』所収「デカペンへの路」参照)。以後ながらく「6×7」はメインカメラとして活躍することになります。ちなみに私のボディはミラーアップ機能(1976年~)が付いた後期型。クイックリターンミラーが上がった時のショックを嫌って、“止まり”はもとより“走り”撮影の際も左手薬指で瞬間的にミラーアップする変わった手持ち撮影方法を通していました。

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2度にわたる大修理を経て、各部が1989年以降のパーツに代えられてサイボーグ状態となったわが“デカペン”ですが、近年はとんと出番もなく惰眠を貪る日々が続いています。今回の生産終了の報を聞いて改めて取り出してみると、忘れていたあの重さとゴロっとしたあの手触りに、数多の“古戦場”が脳裏に甦ってくるのでした。
▲“現役”時代の標準的アウトフィット・セット。皮製のトランクにボディーとレンズを分解して収納していた。露出計は英国ウェストンのユーロマスター。
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生産終了は本年9月。4月以降「67Ⅱ」が約250台、「645NⅡ」が約450台生産されて、実に40年にわたって続いてきたペンタックス中判フィルムカメラの歴史は幕を閉じることになります。

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※『西武だいすき』は、駅売店をはじめ即日完売店が続出し、たいへんご迷惑をお掛けしております。4月1日には追加販売できる予定です。

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▲外観デザイン。茜色のカラーリングが特徴。(JR西日本提供)

大阪―鳥取間を結んで一日3往復181系気動車で運転されている特急「はまかぜ」に、ついに新型気動車が投入されることとなりました。JR西日本が去る26日に発表したもので、ひさしぶりの特急型気動車の誕生となります。

090328n012.jpg今回投入される新型特急気動車は3輌編成×7本の計21輌で、最高運転速度は130km/hに設定されています。注目の外観デザインは、沿線の緑豊かな自然を背景に映え、暖かみが感じられる、茜色のカラーリングとなり、客室設備では、多目的室、車イス対応トイレのほか、客室内にLED式案内表示器が設置されます。客室は全席禁煙となり、キハ181系に比べてシートピッチが拡大されるほか、各車輌最前部と最後部席にモバイル用コンセントが設置される予定です。
▲客室内。従来のキハ181系に比べ、シートピッチが広がる。(JR西日本提供)
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▲3月の朝陽を受けて快走する181系の「はまかぜ」2号。181系最後の牙城もいよいよ秒読みを迎える。'09.3.1 播但線生野―長谷 P:濱井洋輔さん(岡山県) (「今日の一枚」より)

また安全・環境への対応も重視されており、安全性のさらなる向上を目指して車体強度を高めているほか、環境対応エンジンを採用。従来車と比較して排気ガス中の窒素酸化物や、ばい煙などを大幅に低減する仕様とされています。なおこの新型特急気動車は、2011(平成23)年春に営業運転を開始する予定とのことで、山陰特急の象徴的存在だった181系気動車は入れ代わりで姿を消すこととなります。

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▲“スマイルトレイン”30000系を前にちびっこ取材班に囲まれる西武鉄道後藤社長。
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鉄道だいすきファミリーから大好評をいただいている『鉄道おもちゃ』(奇数月30日発売)、『鉄道だいすき』(偶数月30日発売)から生まれた注目の新刊『西武だいすき』が明日30日に発売となります。

seibu.h1.jpg『西武だいすき』はその名のとおり丸ごと西武鉄道だけにテーマを絞ったいわばワンメーク本で、西武鉄道の全面的な協力のもと、沿線にお住まいのファミリーのみならず、多くの方に楽しんでいただける盛りだくさんな内容となっております。折しも今年は西武秩父線が開業して40年。つまり初代レッドアロー5000系が誕生して40年目の節目の年です。本書巻頭では、難工事を経て開業する西武秩父線の様子も収録しております。

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▲今年は西武秩父線が開業して40年。全長4,811mの正丸トンネルを穿つ難工事を経てレッドアローが走りはじめるまでを誌面で振り返る。 (『西武だいすき』誌面より)

なんと言っても画期的なのは「ちびっこ取材班」による後藤社長へのインタビューが実現したことです。『鉄道おもちゃ』誌上での募集にはたくさんのご応募を頂戴しましたが、ラッキーカードを手にしたのは14名のちびっこたち。次々飛び出す「ちびっこ取材班」の思いもつかない質問には、会見慣れしている後藤社長も「これまでになく緊張しました」とおっしゃっておられました。

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▲多数の応募の中から選ばれたちびっこ取材班は14名。後藤社長インタビューでは「一番のライバル会社は?」「新しい路線をつくる計画は?」と大人がドキドキするような質問も…。
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▲特別インタビューには後藤社長と運転士さん、車掌さんが参加。インタビューののち、ちびっこ取材班の皆さんには運転台での記念撮影のプレゼントも。 (『西武だいすき』誌面より)

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▲6ページにわたる「カラー写真でふり返る西武鉄道あのころ」では初公開の貴重なカラー写真を満載。 (『西武だいすき』誌面より)

親子で楽しんでいただくために、懐かしい写真の数々も収録いたしております。「カラー写真でふり返る西武鉄道あのころ」のコーナーでは、茶色とクリームの塗り分けだった旧塗色の時代から、いわゆる“赤電”時代を経て今日までの変遷が貴重なカラー写真で甦ります。

090329n041■主な内容
・ある日の西武鉄道
・写真でふり返る西武秩父線開業40周年
・「ちびっこ取材班」特別インタビュー
・電車に乗っておでかけしよう!
・西武鉄道イベントダイジェスト
・西武鉄道マメ知識
・西武鉄道車両オールカタログ
・知られざる昔の車両
・カラーでふり返る西武鉄道あのころ
・昭和30年代の池袋駅
・路線図にない西武鉄道安比奈線
・車両基地探検レポート
・スマイルトレイン開発者インタビュー
▲現在、西武鉄道全通勤車輌に中吊りを展開中。各駅売店でも販売。
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●A4判変形 84ページオールカラー 定価:880円(税込)

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▲齋藤雅男さんの講演「電車特急誕生の頃」。国鉄本社運転局で「こだま」実現に奔走された齋藤さんのお話は、半世紀の時空を超えたまさに時代の証言とも言える貴重なもの。'09.3.28 P:鉄道博物館

一週間にわたって小ブログのバナーでもご案内してまいりましたが、今日は鉄道博物館で第3回特別企画展「電車特急50年」記念講演会・映画会が開催されました。4月6日(月曜日)まで5ヶ月あまりにわたって開催されている特別企画展「電車特急50年~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~」(アーカイブ「星晃さんと特別企画展“電車特急50年”を見る」参照)の掉尾を飾る講演会で、誌面告知が間に合わなかったにも関わらず、会場の鉄博ホールは熱心なファンの皆さんでいっぱいとなりました。

090328n03813時からの記念講演会第一部で演台に立たれたのは、現在は国際連合開発計画(UNDP)テクニカルアドバイザーとして活躍されている齋藤雅男さんです。齋藤さんは1919(大正8)年生まれの御年90歳。昭和30年に国鉄本社運転局客貨車課補佐として電車特急計画の胎動に関わられ、以後、小田急SE車での高速度試験をはじめとして「こだま」実現までの指揮を執ってこられたお一人です。また東海道新幹線にも深く関わられ、開業直後の1965(昭和40)年からは東海道新幹線支社運転車両部長も歴任されておられます。
▲午前11時から整理券配布。またとない機会だけに多くの皆さんがつめかけた。'09.3.28 P:鉄道博物館

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▲会場はノースウィングの鉄博ホール。映像・音響設備も整った記念講演会にはまたとない会場。'09.3.28 P:鉄道博物館

そんな齋藤さんの講演は、まさに核心におられた方でなければ知りえないお話ばかりで、次から次へと飛び出す“秘話”に、会場を埋め尽くされた来場者の皆さんも熱心に聞き入っておられました。

090328n034ことに「動力分散」に対しての国鉄部内での意見対立は興味深く、関東・関西の国電と一部の近郊電車、それに買収国電程度しか電車が存在しなかった時代、“電車ごとき”で長距離運行が出来るわけがないという意見が大半を占めていたそうです。なかなか活字にはなりにくい部分ですが、車輌設計も動力車=機関車が主流として圧倒的勢力を誇っており、客貨車のテリトリーであった電車は常に疎まれがちだったのです。
▲開会の挨拶をされる鉄道博物館関根館長。'09.3.28 P:鉄道博物館

そんな逆境のなかで電車特急の将来性を確信し、主に運転面(運転計画・地上設備・乗務員関係)での骨格を築き上げてきたのが齋藤さんでした。1958(昭和33)年10月1日改正からスタートと決していた「こだま」運転開始を、初期故障の根絶のために一ヶ月遅らせて11月1日とする進言を、職を賭して総裁にまで談判しようとされた齋藤さんの思いこそが、以後半世紀の隆盛を見る「電車特急50年」の原点だったのかも知れません。「こだま」の運転台を2階にしたのは車輌構造上の問題だけでなく、これまで立場の弱かった電車乗務員がEF58(動力集中)を“見下げる”思いもあった…とは、まさに最当事者でなければ抱きえない心情でしょう。

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▲「こだま号高速度試験」と「伸びゆく鉄道」の2本の映画も上映された。鉄博ホールの大スクリーンで見る「こだま」の走行シーンは息をのむ迫力。'09.3.28 P:鉄道博物館

齋藤さんの講演に続いて1959(昭和34)年に国鉄本社技師長室が制作した記録映画「こだま号高速度試験」、同じく1960(昭和35)年制作の「伸びゆく鉄道」の2本が上映されました。前者はDVD化されているとはいえ、鉄博ホールの大スクリーンで見ると改めてその臨場感に感激します。

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▲第二部の記念講演をされる浅原信彦さん。モハ20誕生から583系の落日まで、12ページにもわたる資料を配布されての貴重なお話であった。'09.3.28 P:鉄道博物館

090328n037第二部は『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』でお馴染みの浅原信彦さんによる講演「電車特急50年~ビジネス特急「こだま」から「月光形」寝台電車特急まで~」が行われました。主に運転面での変遷と、それにともなう車輌の転配を膨大な資料とともに細かく解説されました。ことに「こだま」以前、3等級制時代の運賃と今日の比較は興味深く、東京~大阪間の「つばめ」「はと」の1等車(定員14名)の合計運賃が7,640円、大卒初任給の半分ほどだったのには改めて驚かされました。
▲司会進行は私が務めさせていただいた。'09.3.28 P:鉄道博物館

鉄道博物館の特別企画展に関連しての記念講演会は今回が初めてですが、会場を埋め尽くした参加者の皆さんは、丸半日の長いプログラムにも関わらず、最後の奥原学芸員によるギャラリートークまで熱心に聞き入っておられました。会場内ではさながら大学の講義のごとくノートに記録される姿も見受けられ、その面では鉄道博物館のもうひとつのあるべき姿を垣間見た思いもする一日でした。

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▲喜多方をあとに残雪の磐梯山をバックに慶徳峠へとダッシュする。光線状態から列車側面がつぶれるのは覚悟のうえで、この第一舞台田踏切(18.146km地点)北側にポジションを決めた。想像以上に煙があがり、もう少しで磐梯山のピークが隠れてしまうところだった。ちなみに背後には大きな工場建屋があるが、この位置まで列車を引きつけることで機関車の陰に隠している。'09.3.18 喜多方?山都 試8233レ(PENTAX K20D DA55-300㎜F4-5.8ED/135㎜ 1/1000 f4.5 AWB)
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基本的に走行写真、ことに煙の動きに左右される蒸気機関車の撮影には三脚を使わない主義ですので、今回もすべて手持ちでの撮影です。上の作例は喜多方を発車、濁川橋梁を渡って慶徳隧道への11.4‰を登りはじめた試8233レで、第一舞台田踏切北側からの撮影です。列車全体に陽が当たるのは南側で、多くの皆さんは南側にポジションを構えておられましたが、バックの磐梯山の山容に惹かれてあえて北側を選択しました。

090320n005雲ひとつない好天に恵まれましたので、シャッター優先で安心して1/1000を選ぶことができました。たまたま同じ場所に三脚を立てていた知り合いの方から、良く手持ちで撮れますね…と声を掛けられましたが、こういった何回もシャッターチャンスがあると“錯覚”しがちなポジションの場合、意思が揺らぐと当初のフレーミングを崩して列車の動きを追いながら何枚もシャッターを切ってしまいがちです。最初にベストポジションと確信した場所に列車を引きつけるまで、煙の動きだけを注視して欲をかかないのが肝要です。

▲せっかくの門デフも真っ正面では意味がないが、正面がちでも多少角度をつけるとその存在感が際立つ。かつてC57 11でこういった角度の作品を見たことがあり、その現代版を狙った。DA55-300㎜は見事にピントの芯を捉えている。'09.3.18 鹿瀬?日出谷 試8226レ(PENTAX K20D DA55-300㎜F4-5.8ED/135㎜ 1/1000 f4.5 AWB)
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▲さすがに3月中旬とあって、戻しの試8233レが福島・新潟県境を越える頃には山陰が広がってしまう。有名な日出谷の橋梁も残念ながらすっかり山陰に入ってしまっていた。そこで後追いを狙ってみたが、とりたててどうということのない写真となってしまった。ちなみにこれもロッドの位置を気にしながらの一発切りだが、被写体の位置的には、もう動輪4分の1回転分手前で切りたかったところ。'09.3.18 日出谷?鹿瀬 試8233レ(PENTAX K20D DA55-300㎜F4-5.8ED/55㎜ 1/750 f4 AWB)
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同様にモータードライブに頼り過ぎるのも考えものです。私は基本的に一発切り主義(?)でモードラは使いませんが、モードラで連写された結果を拝見するに、えてしてベストポジションだけが切れていない悲劇が起こりがちです。動輪の回転とシンクロしてしまい、どのカットもメインロッド+サイドロッドが一直線…などという泣くに泣けない例もあります。

090320n002最近ではとんと耳にしなくなりましたが、かつてのいわゆる“SLブーム”の頃は「よるたの」という言葉がありました。「夜も楽しく」から夜間撮影を指す用語として広まったものです。日没後は食事を済ませて夜行列車を待つくらいしか術がなかったところ、増感現像などで夜間撮影を楽しもうという時代のトレンドでした。トライXパンをパンドールなどの増感現像液を使って自家現像するのも流行し、とりわけC62重連下り「ニセコ」の倶知安発車などは「よるたの」の三脚が林立したものです。
▲とっぷりと暮れた五泉を発車する試8233レ。対向列車待ちの1分停だが、結構な迫力での発車シーンだった。構内に補助光はまったくないが、こんな条件でもそれなりに撮れてしまうのがデジタルの有り難さ。ただし、前照灯に幻惑されてAFが合焦しないトラブルも…。“置きピン”にしておけばよかったと反省しきり。'09.3.18 五泉 試8233レ(PENTAX K20D DA17-70㎜F4AL SDM/48㎜ 1/6 f4 AWB)
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▲ラストは宵闇を切り裂く門デフのイメージカットを…と欲張ったが、結果はご覧のとおり。'09.3.18 五泉 試8233レ(PENTAX K20D DA17-70㎜F4AL SDM/21㎜ 1S f4 AWB)
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ひるがえって今日、デジタル機材の普及とともに、「よるたの」は特殊な現像処理も、場合によっては三脚さえも必要なく気軽にトライできるものとなりました。今回はご覧のように惨憺たる結果となってしまいましたが、ある面では日没後の蒸機ほど表情豊かなものもなく、ぜひまたトライしてみたいものです。

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▲門デフは斜め上から見下ろした角度も美しい。薄暮の三川発車を陸橋上から1/15で流してみた。拡大してみるとおわかりのように、幸い正面ナンバープレート部はきれいに止まった。'09.3.18 三川 試8233レ(PENTAX K20D DA17-70㎜F4AL SDM/48㎜ 1/15 f4 AWB)
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季節はいよいよ春。復活蒸機のシーズン到来です。今年で運行10年目を迎える「SLばんえつ物語号」も4月4日(土曜日)が営業運転初日。先週、新津~会津若松間で試運転が行なわれ、『国鉄時代』の山下とひさしぶりに磐越西線を訪れました。

090320n00910周年のアニバーサリーということもあって、営業運転時には復活当時の姿、つまりは標準デフ+長野工場式ドーム前手すりに戻されるそうですので、磐越西線内で「門デフ」を拝めるチャンスはこの試運転時を逃すとしばらくなさそうです。しかも昨年末のクリスマストレイン時に装着されたスノープラウはそのままというのも魅力的です。歴史的には門デフ装備のC57でスノープラウを装着したのは豊岡・福知山時代のあの11号機のみ。それだけに門デフ+スノープラウ、さらにヘッドマークなしと、まさに“三拍子”揃ったこの試運転は千載一遇の好機です。
▲この日は気温20℃近い快晴。3月半ばの新潟とはいえ、沿線はすっかり春の装い。'09.3.18
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朝一番の上越新幹線で新潟へ。今回のお供はペンタックスのフラッグシップ機K20Dに、広角・標準系ズームDA17-70㎜F4AL SDMと望遠系ズームDA55-300㎜F4-5.8EDの2本。せっかくの“三拍子”ですから、なによりも門デフらしさを表現することに主眼を置いて撮影を開始しました。

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▲一見普通の写真のようで、実は流し撮りというテクニックがある。1970年代初頭のいわゆる“SLブーム”の頃、さながら被写体が浮き出すかのような中速シャッターの流し撮りに目を奪われたことがあるが、その再現を狙ってみた。とはいえそれほど列車速度は速くないとふんで1/90にシャッター優先AEを設定、一発必中で振ってみた。これまた最大に拡大してご覧いただくとおわかりのように、意図通りにうまく流れている。こういったオーセンティックな絵柄は見ていて飽きがこず、さらに中速シャッター流しの"小技”を効かせるとより一層愛着のある一枚となるはず。'09.3.18 咲花?東下条 試8226レ(PENTAX K20D DA17-70㎜F4AL SDM/39㎜ 1/90 f11 AWB)
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▲上の写真の後追い。残雪の山々をバックに築堤を行く姿を流してみた。もともと2シーンを狙うつもりでポジションを決めたが、モードラは使わずこちらもひとコマ切り。つまりこのポジションでは上下の作例2枚しかシャッターを切っていない。なお、2枚とも流しながらもロッドの位置は気にしている。'09.3.18 咲花?東下条 試8226レ(PENTAX K20D DA17-70㎜F4AL SDM/39㎜ 1/90 f11 AWB)
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仕事がら毎日多くの作品に触れ、しかも能書き(!)を垂れねばならない立場だけに、では自分の写真はどうなんだ…と突っ込まれると言葉もありませんが、その点は承知のうえで、多少なりともご参考になればと、今日と明日の2回に分けて今回の撮影行の成果をお目に掛けたいと思います。

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JR日光線が変身中。

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▲クラシック・ルビー・ブラウンを基調にしたシックなデザインとなった日光線用107系。前面と側面の行先表示幕にも同色が配され、書体も毛筆体となっている。一見するとどこかの民鉄かとかん違いするほどのイメージチェンジぶり。'09.3.19 小山車両センター P:RM(新井 正)
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JR東日本大宮支社は日光線(宇都宮~日光間)の観光路線化と沿線の活性化をめざして、駅舎をはじめとした地上設備の整備を進めてきましたが、このたびその目玉のひとつでもある車輌デザイン変更の第一弾が完成、先日、小山車両センターで報道公開されました。

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▲デザイン案。中扉左右にもロゴマークが配される。(JR東日本大宮支社提供)
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先陣を切って登場したのは107系Mc-2+Tc’-2の小山車両センターN2編成。日光線の基本コンセプト「レトロ」に合わせたコンセプトカラー「CLASSIC RUBY BROWN」(クラシック・ルビー・ブラウン=宝石のような赤みを帯びた茶色)を基調とし、車体上部をアイボリー、その境界部に細い金帯をあしらったシックなデザインに変身しています。また、車体側面には1890(明治23)年8月1日の開業で、関東の駅百選にも選定されている日光駅(アーカイブ「ひと足お先に新宿から日光へ」参照)と、日光のシンボルでもある神橋をデザインしたエンブレムが掲げられています。

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▲前面貫通扉に付けられた“Nikko Line”のエンブレム。日光駅駅舎と日光のシンボルでもある神橋がデザインされている。'09.3.19 小山車両センター P:RM(新井 正)
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▲側面腰板部の日光駅をモチーフとしたエンブレム(左)と、側扉サイドの神橋をモチーフとしたエンブレム(右)。'09.3.19 小山車両センター P:RM(新井 正)
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この日光線整備計画は車輌のみならず、日光駅の窓口周辺や待合室、さらに下野大沢駅、文挟駅の駅舎建替え、日光線各駅駅名標と宇都宮駅5番線の柱のシンボルカラー=クラシック・ルビー・ブラウン化、さらに各駅のレトロ調ホームベンチの設置など着々と進行しており、来年度中には車輌を含めてイメージチェンジが完了する予定だそうです。

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▲趣味的に注目されるのはその車体標記。形式番号標記は所属・定員標記の横に小さく入れられている。'09.3.19 小山車両センター P:RM(新井 正)
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第一編成の塗装変更は2月19日~3月18日の間、大宮総合車両センターで施工され、3月20日の小金井6:02発─1823M(前)─宇都宮─823M(後)─日光7:14着で営業運転を開始しています。残り7本の塗装変更は2009年度中に行われる予定で、ヘッドマークと中央側扉横のロゴマークは、東照宮や男体山など(予定)日光にまつわる観光地をモチーフとして、各編成ごとにデザインを変える計画だそうです。

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▲広い会場内は出店ブースと来場者で終日おお賑わい。なかには早々と販売品が足りなくなってしまう業者さんも…。奥に見えるのは巨大な機関車“ふわふわ”。子どもたちに大人気。'09.3.21

先週末、3月21日(土曜日)・22日(日曜日)の2日間、名古屋地区では初めての大規模な鉄道イベントとなる「鉄道フェスティバル2009 inなごや」が開催されました。「鉄道フェスティバル実行委員会」が主催、中日新聞社、東海テレビ放送、東海ラジオ放送が共催するこのイベント、フリーマーケットを中心としたものと聞いていましたが、実際会場を訪れてみると、OJゲージからNゲージまでさまざまなジャンルの鉄道模型展示運転あり、乗用模型の試乗コーナーあり、オークションありと、実に盛りだくさんな内容で、終日たいへんな賑わいぶりでした。

fukiage002もうひとつこのイベントならではの企画が、会場内限定発売の「名鉄パノラマカー(7011F)乗車・撮影会ツアー」です。4月26日と5月10日(ともに日曜日)に運転される企画列車(豊明-本宿間)の予約を会場内先着順で受け付けるもので、21日(土曜日)10時の受付開始を前に多くの方が列を作られました。ちなみに垂涎のパノラマ席は7800円也。ほぼ瞬間的に完売となったのは言うまでもありません。
▲会場となった千種区の吹上ホール。地下鉄桜通線吹上駅から徒歩5分ほどと利便性も良い。'09.3.21

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▲注目を集めていたフリーマーケットは43ブースが集合。驚くような稀少品も目につき、熱気に包まれていた。'09.3.21

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▲地元・名鉄をはじめとする部品類が多数出品されていた。右の「日本ライン」ヘッドマークは名鉄資料館の展示品。'09.3.21
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▲新城まちなか博物館ブースの牧野春男さん製作の1/20スケールの“竹細工機関車”たち。20形式あまりが展示されたが、その造形には脱帽。'09.3.21
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メインとなるフリーマーケットも大盛況でした。地元・名鉄関連の部品・グッズはもとより、鉄道事業者関連のブースでは各種解体部品(なかにはパンタグラフの摺り板まで…)が販売され、熱心に値段交渉を続ける来場者の姿も少なくありませんでした。さらに興味深かったのが古書類の出品がかなり目についたことです。鉄道史関連の貴重な文献も散見され、イベントそのものの奥行きを感じさせられました。

fukiage008もうひとつ特徴的だったのが親子連れの姿が多かったことです。事務局の東海テレビ事業のお話では、今回の「鉄道フェスティバル2009 inなごや」は家族で楽しめる鉄道イベントを目指したそうで、愛知県立佐織工業高校の乗用トーマス運転(無料)や、名古屋模型鉄道クラブの鉄道塗り絵コーナー、鉄道工作教室なども大人気を博していました。
▲21日には私のトークショーも開催された。お集りいただいた皆さんには改めて感謝感謝…。'09.3.21 P:松本浩司

名鉄各駅のポスター掲示、東海テレビのスポットCMなども奏功して、入場料900円(大人・当日券)にも関わらず2日間の入場者数はほぼ1万人。名古屋初の大規模鉄道イベントは大きな成功を収めて幕を閉じました。恐らく来年はさらにパワーアップして開催されるであろうこの「鉄道フェスティバルinなごや」、注目のイベントに成長するに違いありません。

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阪神なんば線開業。

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▲下り快速急行三宮行き1番列車。三宮側のみ装飾シールが付けられている。'09.3.20 阪神大石 P:高間恒雄
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阪神西大阪線の西九条から近畿日本鉄道の大阪難波(3月20日に近鉄難波から駅名変更)までを結ぶ阪神なんば線が先週3月20日に開業、阪神電気鉄道と近畿日本鉄道が相互直通運転を開始しました。

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▲阪神なんば線概念図。開通にあわせて「近鉄難波」は「大阪難波」に、「上本町」は「大阪上本町」へと駅名変更された。(阪神電気鉄道パンフレットより)
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新設区間は3.4㎞ですが、これによって阪神三宮と近鉄奈良間が乗り換えなしで結ばれることとなり、昨年3月のJR西日本おおさか東線部分開業(アーカイブ「おおさか東線まもなく開業」参照)、10月の京阪中之島線開業(アーカイブ「中之島線開業前日、さらば1900、そして天満橋行き…」参照)に続き、大阪中心部の交通体系は新たな時代に入ったわけです。
レイルロードの高間恒雄さんが開業当日のレポートを送ってくださいましたので、今日はその様子をお目にかけましょう。

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▲東花園行き阪神1000系。前面に祝賀マークが掲げられている。'09.3.20 尼崎 P:高間恒雄
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▲阪神1256の前面に掲げられた祝開通のマーク(左)。右は近鉄の乗り入れ対応車に貼られたステッカー。'09.3.20 P:高間恒雄
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▲奈良や大和西大寺といった行き先表示がずらりと並んだ尼崎駅の発車案内(左)。右は新設区間のドーム前駅ホーム。'09.3.20 P:高間恒雄
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▲表示の快速急行の色は阪神線内では青、近鉄線内では赤に変わる。'09.3.20 奈良 P:高間恒雄
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090323n008.jpgなお、この阪神なんば線建設も、京阪中之島線と同様に上下分離方式をとっており、建設は第三種鉄道事業者として「西大阪高速鉄道株式会社」が担当し、実際の列車の運行は第二種鉄道事業者である阪神電気鉄道が受け持つかたちとなっています。すでにお乗りになった方も少なくないかと思いますが、この阪神なんば線開業によって、神戸(三宮)方面から奈良方面のみならず、大阪中心部、大阪南部、関西国際空港、和歌山市方面への利便性も格段と向上することとなりました。
▲桜川では近鉄奈良の大阪難波止め列車が折り返す光景も見られ、営業運転では阪神に乗り入れない車輌も姿を見せる。'09.3.20 桜川 P:高間恒雄
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▲キャビネ判のトヨフィールドで捉えた石北本線・名寄本線の9600たち。その鮮明な画質が圧巻。P:高橋和男
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3月21日発売の『国鉄時代』vol.17は「北の9600、南の9600」と題して、北海道と九州の9600を中心に構成いたしました。大正生まれ老雄はその牛のような外観のごとく、地道に粘り強く生き抜いて、結局、現役蒸機最後の形式となったのはご存知のとおりです。四国を除く全国で活躍した9600ですが、昭和40年代半ばになると、米坂・長井線、川越・八高線、宮津線と本州内では活躍の場が極端に狭まり、退勢いかんともしがたい状況となりますが、北海道では道北の主力機として、また九州では筑豊の主としてまだまだ矍鑠としていました。今回の特集の中心は蒸機末期の頃の愛すべき老兵の姿です。

kokutetujidai17n002.jpg巻頭の「さいはての老兵」は宗谷本線、名寄本線、石北本線、深名線、天北線、湧網線など道北から道東にかけての冬の9600を、6人の方々の思い出とともにワイドに展開。特に、冒頭の高橋和男さんが撮影したキャビネ判フィルムの限りなくシャープな味は感動的です。トヨフィールド2台にサブカメラのローライフレックス1台を担いで全国の蒸機を撮影された高橋さん、これからも多くの作品を発表していただけることと思います。昭和40年代初頭の稚内・名寄の美しい9600に感動し、追い求めた水木義明さん、学生時代の若き日を振り返った都築雅人さん、牧 和也さん、向山賢一郎さん、多田真也太さん、それぞれの心の中で今も走り続ける9600は、C62やC57にはない親しみに溢れています。

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▲現在では北海道遺産に指定されている音更川のコンクリート橋をゆく士幌線の9600。池田区の9600は池田~陸別間の1往復の貨物のみを受け持って晩年を迎えた。P:渡辺拓夫
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ベテランの齋藤 晃さんの「二つ目キューロクを追って」は、比較的作品が残されていない胆振線が舞台。倶知安機関区の二つ目を車で追いかけて長流川渓谷から羊蹄山麓に至る美しい沿線を辿ります。渡辺拓夫さん「さらば十勝の老雄」では士幌線の更別川渓谷で奮闘する9600の姿を、寺田牧夫さんの「Sの残像」ではキャブの裾が優雅にS字を描いた一次型2輌、日曹炭礦の9615と大夕張のNO.7の憧れを、三宅好文さんの「五月の空に消えた煙」では湧網線の9600の最晩年の姿を語っていただきました。

kokutetujidai17n004.jpgさて、長寿機が多いだけにさまざまな改造や装備の追加が見られ、細部まで見ると各機個性に溢れた9600ですが、中でも「変型機」の一群に焦点を当てた、ベテラン佐竹保雄さんの「変型機の構図」では,右運転台、煙突脇の小デフ付き、本省式給水温メ器をフロントに置いたものなどユニークな面々が顔を並べます。なかでも昭和30年代初頭、日豊本線で活躍した鹿児島機関区の9600は、巨大な敦賀式集煙装置を装備した異色機中の異色機、写真がほとんど残されていないだけに貴重な一枚です。それぞれの写真に研究家・関 崇博さんに解説を加えていただきました。
▲「サンパチ豪雪」で知られる昭和38年2月、九州・阿蘇も大雪に見舞われた。雪景色の外輪山を宮地区の9600がよじ登る。P:中村弘之
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一方、南といえば「志布志・古江線管理所」の9600が最南端の配置。林 嶢さんが都城で巡り合った9600の写真はC58に置き換わる半月前のものでした。南の9600の見せ場は何といっても豊肥本線阿蘇外輪山越えが筆頭でしょう。宮地機関区のあった昭和39年までは瀬田で後補機を連結、同機関区廃止後は熊本から重連で33‰に挑んでいった勇壮な姿を、地元・熊本にお住まいの中村弘之さんのアルバムから振り返ります。また、蒸機王国筑豊の落日とともに消えた9600の姿を捉えた谷口孝志さんの「筑豊に生きる」、筑後山地の小さな峠の光景を綴っていただいた松本 崇さんの「唐津線 笹原峠」など、印象深い記事が並びます。

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本州では、丹後半島の風光とともに9600の姿を林 嶢さんの「宮津線への招待」が、心に残る作品です。
一般記事では、高橋 弘さんの蒸機時代の東海道本線「関ヶ原越え」、C57がシラス台地の急勾配に挑む田中敏一さんの「霧島越えの印象」では、華々しい蒸機の舞台が今に甦ります。C51が行き交った時代の草津線を中心にした三橋 亘さんの「蒸機を追って草津から甲賀の里へ」は昭和30年代ののんびりとしたカメラハイクの思い出で綴られていますが写真には、C51、C57、C11の他にC62 4の牽引する「鳥羽快速」の貴重な記録もあります。
▲朝靄に包まれた多久盆地を見下ろす築堤。朝一番の791レを牽引する69610が冷気を切り裂くようなドラフトを吹き上げ峠に向かう。'69.11.4 多久-厳木 P:松本 崇
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さて、本年3月改正より昼間の貨物列車が復活EF64 1000番代の活躍が期待できる上越線ですが、国鉄時代のEF64 1000の活躍を捉えた「上越国境を越えるEF64 1000」。永井美智雄さん、三上泰彦さん、渡邉健志さん3人の作品に登場する同機は、登場からまだ年月を経ていない「初々しい」姿。考えてみれば同機も今年で登場28年、時代を感じさせます。また、来る4月25日から肥薩線「川線」で運転を開始する「SL人吉号」。再度復活を果たした58654は、現在元気に練習運転を行なっています。「川線」もともと8620に縁のある路線で、現役時代の8620の姿を地元の福井 弘さんにご発表いただきました。
特別付録DVDは宮内明朗さんの「老雄健在なりき 昭和30~40年代の9600」、三品勝暉さんの「晩秋 五稜郭のD52」、瀧藤岩雄さんの「南九州の美しい蒸機たち」の3本立て合計75分です。

※名古屋で開催される「鉄道フェスティバル2009inなごや」に出張のため、小ブログは22日まで休載とさせていただきます。あしからずご了承ください。なお、21日(土曜日)14時からは同フェスティバルで私のトークショー(→こちら)を行ないます。また、明日20日(金曜日)15時17分からはNHKラジオ(第一)「鉄道とっておき話」を担当いたします(→こちら)。今回は休日とあって特別枠で10分の生放送。小倉沙耶さんの中継を交えてお伝えいたします。

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▲新小松行きのキハ2が金平に到着する。小さな荷台には荒縄で結束された荷物が積み込まれている。'75.9.2 金平 P:名取紀之 (RMライブラリー『尾小屋鉄道』より)
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毎月ご好評いただいているRMライブラリー、まもなく発売の第116巻は寺田裕一さんによる『尾小屋鉄道』です。寺田さんは弊社刊『データブック日本の私鉄』や『消えた轍』でもお馴染みですが、実はその原点は尾小屋鉄道にありました。

ogoyahyou1jpg.jpgご存知の方も多いと思いますが、尾小屋鉄道は北陸本線小松駅に隣接する新小松駅から銅山として栄えた尾小屋を結んでいた762mm非電化の、いわゆる軽便鉄道です。日本のほとんどの軽便鉄道が昭和40年代までに姿を消しましたが、この尾小屋鉄道は1977(昭和52)年まで運行を続け、その晩年にはファンの絶大な人気を得ましたので、40代以上の方なら思い出がお有りの方も多いのではないでしょうか。本書はそんな尾小屋鉄道の沿革・車輌などを、懐かしい晩年の姿と共に収録したものです。

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▲混みあうキハ3の車内。車端には自転車まで積み込まれていた。P:寺田裕一 (RMライブラリー『尾小屋鉄道』より)
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ogoya23.jpg著者の寺田さんも尾小屋鉄道に魅せられた一人でした。まだ中学三年生だった寺田さんは1975(昭和50)年春に当地を訪れて以来、その情景に魅せられて姫路の自宅から訪問を続け、撮影のみならず現地の方々との交流を深めていきました。それだけに、稀に見る大雪に見舞われた最終年、自作のヘッドマークを携えて現地へ赴いた最終日までのエピソードには、現地にいた人ならではの臨場感が満ち満ちています。ちなみに中学生の寺田さんは、尾小屋鉄道が762mmの軽便であることを現地に着いてから知ったそうです。数々の著作で健筆を振るわれる寺田さんですが、その原点は、実はここ尾小屋にあったのです。
▲最後の年、1977(昭和52)年は稀に見る雪害との闘いで幕を開けた.不通区間を復旧しようと懸命の活躍を続ける自家製ロータリー車。 (RMライブラリー『尾小屋鉄道』より)
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▲終点・尾小屋駅は郷谷川の上に駅舎を構える変わった駅だった。構内外れにはささやかな車庫と転車台が残されていた。 (RMライブラリー『尾小屋鉄道』より)
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ogoya42.jpgなお、尾小屋鉄道は廃止後30年以上が経過していますが、小松市児童館の「なかよし鉄道」や尾小屋鉱山資料館の「ポッポ汽車展示館」などで車輌が動態保存されており、現在も乗車することができます。間もなく雪解けのシーズン。本書を携えて小松・尾小屋を訪ねてみるのもよいのではないでしょうか。
▲わずかな車輌数ではあったが、そのそれぞれを、竣功図と写真で細かく紹介している。 (RMライブラリー『尾小屋鉄道』より)
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▲箱根登山鉄道1000形・2000形と同色にカラーリングを変更した小田急1000形1061×4。'09.3.15 小田急電鉄小田原線新松田―開成 P:平松正人さん(神奈川県) (「今日の一枚」より)

さる3月14日に行なわれたダイヤ改正から、小田急線新松田~箱根登山線箱根湯本間を運行する小田急通勤車輌のカラーリングが、箱根登山鉄道のシンボルカラーとなっている赤色に変更されています。

090317n002.jpg既報(→こちら)のとおり、箱根登山線の小田原~箱根湯本間(一部の列車は小田急線新松田~箱根登山線箱根湯本間)では、小田急の通勤車輌によって折り返し運転が行われていますが、今回のカラーリングの変更は、視認性を高め、乗り換え時の利便向上を図る目的で行なわれたもので、1000形4輌編成3本が箱根登山鉄道1000形、2000形と同色に塗りかえられました。
▲新駅舎となった箱根湯本で発車を待つ新松田行き1059×4。'09.3.14 箱根登山鉄道箱根湯本 P:福田智志さん(埼玉県) (「今日の一枚」より)
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▲入生田で下り電車と交換する登山線カラーの1059F。'09.3.14 箱根登山鉄道入生田 P:宮川政樹さん(東京都) (「RMニュース」より)

今回カラーリングが変更されたのは、1059×4、1060×4、1061×4の3本で、大野工場でカラーリングの変更が行われました。この3編成は新松田-小田原-箱根湯本間を中心に営業運転を行うほか、入出庫・検査の都合で海老名-新松田間を回送で走行するシーンも見られることになります。

090317n004.jpgなお、箱根登山鉄道でもこのダイヤ改正に合わせて2000形「サンモリッツ号」(2005・2203・2006の3輌編成)を、スイス・レーティッシュ鉄道で運行されているグレッシャー・エクスプレス(氷河特急)塗色に変更し、箱根湯本~強羅間の営業運転に充当しています。なお、このダイヤ改正に合わせて箱根湯本駅も橋上駅舎の新駅舎となって営業を開始しています。
▲グレッシャー・エクスプレス(氷河特急)塗色となった箱根登山鉄道2005。'09.3.14 箱根登山鉄道箱根湯本 P:福田智志さん(埼玉県) (「RMニュース」より)
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真島満秀さん急逝。

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鉄道写真家の真島満秀さんが急逝されました。昨日の昼過ぎに携帯電話に連絡を受けて知ったのですが、あまりに急な報せに言葉を失いました。
真島さんは旅情をそそる空気感溢れる作品で多くのファンを持ち、ことにJRのポスター類では、その作品が鉄道の持つ普遍的な魅力を、多くの人たちの心に届けてきました。もちろん手がけられた出版物は数知れず、月刊鉄道誌でも『鉄道ジャーナル』誌の毎号の巻頭グラフを担当されておりました。
真島さんとは日本鉄道写真作家協会(JRPS)創立時からのおつきあいで、独特の髭をたくわえて、いつもはにかみむように優しく語られていたのが思い出されます。また、JRPS現会長の猪井貴志さんをはじめ、中井精也・山崎友也両氏のレイルマンフォトオフィスなど、後進の育成に情熱を傾けられてこられたのも印象に残ります。
享年63歳。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
編集長:名取紀之

いとしのヴェラ。

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▲使われなくなった線路にも小さな春が…。カメラ自体の破天荒さとは裏腹に正調テッサーの切れ味は恐ろしいほど。'97.4.12 秩父鉄道影森(WERRA Ⅰ Tessar 50㎜F2.8 RDPⅡ)
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ヴェラ(WERRA)というカメラをご存知でしょうか。世界でも最高峰のレンズ・メーカーとして知られるカール・ツァイスのカメラです。カール・ツァイスは1846年創立。コンタックスで知られ一時は世界最大のカメラ・メーカーであったツァイス・イコン社を傘下に持つ光学機器メーカーです。

090315n031テッサ-をはじめ、その発展形であるゾナー、そしてプラナーと数々の「名玉」を送り出してきたカール・ツァイスですが、カメラそのものの生産はツァイス・イコンに委ねており、自らがカメラ本体の生産に乗り出すことはありませんでした。ところが例外中の例外、カール・ツァイス自体が生み出したカメラが今回ご紹介するヴェラ(WERRA)です。
▲モスグリーンのグッタペルカのわがヴェラⅠ。レンズカバー兼用のフードを装着した状態。
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隆盛を誇ったカール・ツァイスも敗戦とともに東西ドイツに分割されます。本拠地・イエナに残りソ連の影響下に置かれたのがカール・ツァイス・イエナ、そして西側主導のもとオーバーコッヘンに新設されたのがツァイス・オプトン社でした。両者ともに主力レンズであったテッサーを生産しますが、西側生産分は今ひとつ評価が低く、“オプトン・テッサ-”と通称されることになります。

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▲鏡胴基部のリングを時計回りに回転させるとフィルムの巻き上げとシャターチャージが同時に行われる。世にも不思議なシステム。

一方、東独が威信を賭けた半官半民企業カール・ツァイス・イエナ製のテッサ-はますますその名声を高めることとなります。詳しい経緯は知りませんが、1950年代、そんなカール・ツァイス・イエナが自ら製造したカメラがヴェラだったのです。

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▲アルミダイキャストのボディーは恐ろしいほどシンプルな外観。軍艦部上面にはシャッターボタン、背面には小さなファインダー窓があるのみ。
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アルミダイキャスト製のボディーにはビスひとつなく、モスグリーンのグッタペルカとあいまってつるっとした実に妙な外観です。さらに極め付きはそのフィルム巻き上げ方法。鏡胴基部にある同色のグッタペルカが貼られたリングを90度ほど回すと、巻き上げとシャッターチャージが一度に行われるという奇妙な方式です。さらにギミックはこれにとどまりません。このリングの内ネジに合わせてお椀のようなレンズカバーが用意されており、このレンズカバーを逆さにフィルターネジに取り付けるとフードに早がわりするのです。

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▲ヴェラⅠは距離計を持たないためピントは目測、もしくは単体距離計を用いることになるが、今となってはその手間がかえって新鮮。テッサーの解像力は卓越しているが(左)、全体的にコントラストは高く、ボケ味は少々大味(右)。'97.4.12 秩父鉄道三峰口(WERRA Ⅰ Tessar 50㎜F2.8 RDPⅡ)
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このヴェラ、透視ファインダーのみのⅠ型から単独露出計付きのⅡ型、距離計連動式でレンズ交換も可能となったⅢ型…等々と進化してゆきますが、リング回転式の巻き上げと奇妙なお椀型のレンズカバー兼フード、そして正調テッサ-・レンズは踏襲されてゆきます。

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▲フード兼用のレンズカバーもヴェラならではのギミック。フードを逆さにしてねじ込むとレンズカバーとなるが、やはりねじ込み式のキャップを外すと雨天時の防水撮影が可能。
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▲距離計を持たないとはいえ、遠景ともなればパンフォーカスで気軽に撮影が可能。あいかわらずコントラストは高めながらシャープネスは見事。'97.4.12 秩父鉄道親鼻?上長瀞(WERRA Ⅰ Tessar 50㎜F2.8 RDPⅡ)
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十数年前に手に入れたのはもっともプレーンなⅠ型。モスグリーンの意匠とイエナ製のテッサ-・レンズにひかれて購入したものですが、試写してみて改めて驚かされたのは正調テッサ-の切れの良さです。もともと鉄道写真にはテッサ-系の容赦ない解像度がうってつけと、それまでにもシュナイダーのクセナー(アーカイブ「いまさらながらの二眼レフ」参照)やフォクトレンダーのカラースコパー(アーカイブ「ポケットの中の“1億画素”」参照)などを愛用してきましたが、このヴェラのテッサ-の切れ味には脱帽でした。

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▲イエナの銘が正調ツァイスの証。テッサーは3群4枚というシンプルなレンズ構成もあってか、経年変化も少ないようだ。

おもちゃカメラのようなひょうきんな外観と盛りだくさんなギミック、そのわりに有無を言わせぬテッサーの描写力と、このところとんと出番はなくなってしまったものの、いまもってヴェラは手放し難いカメラのひとつです。

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20000枚目!
▲宵の明星に導かれ、〈富士・はやぶさ〉は西へ…。'09.3.11 東海道本線品川―川崎 P:宮本康宏さん(東京都) (「今日の一枚」より)
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先般予告いたしましたが、皆さんの力が結集して「今日の一枚」が昨日、ついに2万枚を達成いたしました。 その栄えある2万枚目に輝いたのは宮本康宏さんの「宵の明星に導かれ、「富士・はやぶさ」は西へ…」です。蒼い夜空にぽっかりと浮かんだ宵の明星、そして寝台客車の車内灯に照らし出されたEF66の顔。あえて斜め後追いにしたことがメタファーとなって去りゆくブルートレインをイメージさせます。大きくフレーミングした夜空のグラデーションといい、写真としての完成度も高く、なおかつまたとない時代性を兼ね備えた秀作で、まさに2万枚を記念するにふさわしい作品です。

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▲早咲きの桜も、「富士・はやぶさ」に別れを告げているようでした。'09.3.11 東海道本線根府川―早川 P:石井尚顕さん(神奈川県) (「今日の一枚」より)

このところ「今日の一枚」へのご投稿も「富士・はやぶさ」を被写体としたものが多く、2万枚目がその印象的な夜間撮影となったのもいかにも時代を象徴していると言えましょう。ちなみに1万枚目達成は昨年7月9日でしたから(→こちら)、8ヶ月ほどで1万オーバーのアーカイブが蓄積されたことになります。

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▲惜別の想いを込めて、富士山と共に。'09.3.12 東海道本線茅ヶ崎―辻堂 P:南 輝明さん(神奈川県) (「今日の一枚」より)

今日は2万枚目のご紹介とあわせて、ここ数日中にお送りいただいた「富士・はやぶさ」関連の秀作をお目にかけたいと思います。皆さんの力を結集して「時代を記録する」という本旨はもちろんのことながら、写真そのもののレベルも非常に高まってきております。これを受けて、本誌誌上ではカレンダー方式で各日の一枚を掲載するほか、「今月の一枚」を選考して見開きでご紹介してまいりましたが、先月よりさらに4ページを割いて秀作を誌上披露するページを設けております。

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▲ギリギリ間に合いました。1レとしての最終列車。'09.3.12 東海道本線早川―根府川 P:高木比呂志さん(神奈川県) (「今日の一枚」より)

さらにはこのコンテンポラリーなアーカイブを活かした出版も検討しております。どうか今後とも「今日の一枚」へのご投稿をお願い申し上げます。なお、先日もご紹介いたしましたが、この膨大なアーカイブを縦横無尽に検索できる機能(→こちら)もぜひご活用ください。

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▲「はやぶさ」翔る! 16時45分、東京を発車した3列車「はやぶさ」はMT42のモーター音を響かせて有楽町を加速する。先頭に立つのは東京機関区生え抜きの“P” EF65 530〔東〕。東海道ブルトレ全盛時代のひとコマ。'75.8.16 有楽町 P:名取紀之
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ついにその日がやってきてしまいました。東京発ブルートレイン最後の日。あまりに当たり前の光景だった東京発着のブルートレイン。最盛期にはまさに雁行状態で黄昏の東京を発っていった寝台特急も、本日18時03分発の下り「富士・はやぶさ」を最後に歴史の一ページとなってしまうわけです。

090313n003.jpg昨日に続いて今朝も様子を見に東京駅に足を向けました。昨日とはうって変わって東京駅10番線ホームは上り「富士・はやぶさ」の到着を待つファンでごった返しています。テレビ・ニュースでも“本日最終日”と流れたせいか、明らかに一般の見物客と思しき老若男女もカメラ機能にした携帯を振りかざしてホーム上を右往左往しています。すでに何組かのテレビ・クルーもスタンバイしており、あたりには最終運転日ならではの雰囲気が満ち満ちていました。
▲今朝の東京駅。2列車を牽いてきたEF66 53が9番線を使って機回しする際は黒山の人だかり。'09.3.13 東京駅
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▲昨日とはうって変わって10番線ホームはたいへんな賑わい。到着を待ってテレビクルーがインタビューに駆け回る。'09.3.13 東京駅
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さて、時はいよいよ夕方。報道関係者用のホーム先端プレスエリアは15時からオープンし、ホーム上にも最後の発車を見届けようと続々と人々が集まってきます。

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▲17時53分、発車10分前。コンコースの案内表示器に向けて会社帰りの人たちも携帯をかざす。いよいよ最後の刻が近づく。'09.3.13 東京駅
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▲ホーム上の案内表示器。「東京」の駅名標と「寝台特急」の表示が重なることはこの夜を最後にもう二度とない。'09.3.13 東京駅
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▲17時21分頃、いつもと変わらぬ表情で東京発ラストの「富士・はやぶさ」がEF66 53の牽引により入線。東京発熊本行きの「はやぶさ」のテールサインが見られるのも、今日で最後。'09.3.13 東京駅 P:RM(小野雄一郎)

090313n021回送の到着時刻を前にホーム上はほとんど満員電車状態に…。有楽町方からホイッスルとともに最後の牽引機EF66 53がその姿を現すと、すべての視線が集中、続いて見慣れたブルーの車体が10番線に滑り込んできました。お母さんに頼んで連れてきてもらったのか、ちびっこファンの姿もそこかしこに。なんでも最後の「富士・はやぶさ」をひと目見ようと東京駅に集まったギャラリーは3000人にのぼったそうです。
▲9番線を機回しのEF66が通過する。これも最後の機回しだ。'09.3.13 東京駅
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▲17時43分頃、「富士・はやぶさ」編成の下り側にいよいよEF66 53が連結される。'09.3.13 東京駅 P:RM(小野雄一郎)

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▲大勢の報道陣やレイル・ファンに囲まれて、9001レ「富士・はやぶさ」が出発のときを待つ。'09.3.13 東京駅 P:RM(小野雄一郎)

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▲18時を回り、出発時刻が刻々と迫る。最後を惜しんでホームに集まった人々は、JR東日本によれば3,000人にものぼったという。'09.3.13 東京駅 P:RM(小野雄一郎)

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▲18時03分、長い汽笛を吹鳴した後、定刻通り発車。運転士が片手を挙げて、東京駅に別れを告げた。'09.3.13 東京駅 P:RM(小野雄一郎)

山のようなファンに見送られ、定刻で東京をあとにした9001レ最後の下り「富士・はやぶさ」は今頃漆黒の闇を九州目指して走り続けているはずです。発車を見送ったあとの東京は春の雨が、さながら涙雨のように降り始めています。

■動画:最終「富士・はやぶさ」東京駅発車

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▲画像をクリックすると、「今日の一枚 The Movie」にアップされている東京を発車する「富士・はやぶさ」最終列車の動画がご覧になれます。(6分10秒)

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▲すっかり春めいてきた日差しを浴びて2列車「富士・はやぶさ」が東京駅10番線に滑り込んできた。ホームに居合わせた人たちまでもがデジカメや携帯を向ける。'09.3.12 東京駅
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明日はいよいよブルートレイン「富士・はやぶさ」のラストランです。テレビ・新聞等でもたびたび取り上げられ、沿線はたいへんな賑わいとなっていると聞き、今日は2列車の到着を見に東京駅に行ってみました。

090312n002.jpgすでに駅コンコースには各所に惜別のポスターが張られており、期間限定の「さよなら寝台特急 富士★はやぶさ記念弁当」も売り出されています。昨夜下見(?)に行ったスタッフの報告では、1列車下り「富士・はやぶさ」の発車を見送ったファンは700人あまり…たいへんな熱気だったそうです。これは今日の2列車上り「富士・はやぶさ」の到着もさぞや賑わっていることだろうと居住まいを正して10番線ホームに向かったのですが、意外や意外、ホーム両端にそれぞれ30~40人ほどのファンの姿があるだけで、あとは日常の光景が淡々と繰り広げられているだけでした。
▲構内の「駅弁屋」では「さよなら寝台特急 富士★はやぶさ記念弁当」(1000円)を発売中。'09.3.12 東京駅
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▲到着した「富士」から続々と乗客が降りてくる。こんな日常の光景もあと2日で目にすることができなくなってしまう。'09.3.12 東京駅
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しかし、2列車品川1分延の業務放送が流れたあたりから様相は一変、中電のお客さんと思しきおばさんまでもがバッグの中からガサゴソとコンパクト・デジカメを取り出し始めるではないですか。サラリーマン風の人も携帯電話をカメラモードにしてスタンバイ…いやはやすごい時代になったものです。

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▲1号車スハネフ15-21の「富士」の方向幕(左)と7号車スハネフ15-20の「はやぶさ」の方向幕(右)。'09.3.12 東京駅
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▲大分から長駆1240キロあまりを走り抜いてきた「富士」のテールサイン。スハネフ15-21。'09.3.12 東京駅
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やがてEF66 49〔関〕を先頭に2列車「富士・はやぶさ」が到着。マルスでは瞬く間にチケットが売れてしまうと聞くわりには降車客はさほど多くなく、ちょっと拍子抜けの感があります。編成客車12輌を素早くチェックしましたが(下記編成図参照)、さすがに車輌の老朽化が目につき、全盛期のブルトレを知る世代としては胸の痛くなる思いでした。

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▲コンコースに掲げられた惜別ポスター(左)と記念グッズ販売などの告知ポスター(右)。'09.3.12 東京駅
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▲牽引機EF66 49が切り離されると、12号車スハネフ14-11の「はやぶさ」のテールサインをカメラに収めようと砲列が…。'09.3.12 東京駅
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▲3月12日発1列車「富士・はやぶさ」編成。ラストランとなる明日13日東京発は改正をまたがるため9001列車となる。
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さて、今日(12日)東京駅発の下り「富士・はやぶさ」が脈々と続いてきた「1列車」の最後となります。というのも、ラストランとなる明日(13日)の下り「富士・はやぶさ」はダイヤ改正の夜をまたいで走るため列車番号は9001列車となるからです。この原稿を書いている現在18時30分。最後の1レは春の宵闇の中、九州めざして東海道をひた走っているはずです。

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▲画像をクリックすると、「今日の一枚 The Movie」にアップされている昨日11日東京を発車する1列車「富士・はやぶさ」の動画がご覧になれます。(4分27秒)

※追加:12日東京発の様子を動画でご覧いただけます(→こちら)。

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龍ヶ崎線4号機のこと。

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▲竜ヶ崎市歴史民俗資料館前庭で保存展示されている龍ヶ崎線4号機。ホームを模した見学台と片持ち式の屋根が備わっている。'93.8.13
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3年ほどまえにもご紹介したことがありますが(アーカイブ「龍ヶ崎、あのころ」参照)、首都圏在住の私鉄ファンにとって、関東鉄道竜ヶ崎線は路線延長こそ4.5㎞と短いものの、手軽に非電化ローカル私鉄を味わえるありがたい路線です。

090311n002.jpgこのミニ路線にも1971(昭和46)年4月まではささやかな貨物列車が設定されており、2輌のディーゼル機関車(DB11、DC201)と2輌の蒸気機関車(4、5)が残されていました。もちろん1965(昭和40)年に常総線からDB11が転入して基本的に無煙化が達成されていたものの、1969(昭和44)年にDC201が導入されるまでの間は、DL検査時の予備として蒸気機関車の出番も残されていました。残念ながら目にすることはかないませんでしたが、趣深いかつての龍ヶ崎駅構内で煙を上げる4号機や5号機の写真を目にするたびに、もう少し早く生まれていれば…と、どの世代のファンにも共通の思いを抱いたものです。
▲端正な顔立ちの前面。小さな前照灯がチャームポイント。'93.8.13
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▲保存開始当初の展示場全景。最近ではこちら側の植栽が伸びてしまってこのように足回りまで写し込むことは難しくなってしまった。'93.8.13
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幸いなことに、龍ヶ崎に最後まで残された2輌の蒸気機関車、4号機と5号機はともに解体されることなく現在でも保存されています。鉾田線からの転入組で、もとをただせば宇都宮石材軌道の出身である5号機は栃木県のおもちゃのまち駅駅前に、そして龍ヶ崎生え抜きの4号機は地元・龍ヶ崎市の歴史民俗資料館前庭に保存され、まさに収まるところに収まった感があります。

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▲展示場全景(左)。キャブ屋根回りやコールバンカの緩やかな曲線など、川崎なりの意匠が感じ取れるバックビュー(右)。'93.8.13
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4号機は1925(大正14)年7月川崎造船所製のCタンク。ナスミス・ウィルソンを祖とする1100系の流れを汲む21t機で、臼井茂信さんは9600形の設計で知られる太田吉松の監修によるものとされています(『機関車の系譜図』)。非常に均整のとれたプロポーションは模型向きでもあり、先般完成した『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』でも阿部敏幸さんが、最も好きなのがこの4号機とワフ50の編成で、それこそが「城新鉄道の求める情景」だと記されています。

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▲現役当時の4号機の姿を三谷さん撮影のポジでお目にかけよう。後ろに続くのはワフ15+ハ3+ハ2+ハフ10。'55.5.22 P:三谷烈弌
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歴史民俗資料館では非常に状態良く保存管理されていますが、非公式側がホーム、公式側が植栽となっていて、足回りは少々見にくくなってしまっています。なお、この資料館内の展示も見るべきものが多く、お越しになった際は4号機のみならず、ぜひ館内にも足をお運びになることをお薦めします。

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▲門司港観光列車として活躍するDB10とトラ70000。前者は南阿蘇鉄道、後者は島原鉄道で活躍していた車輌。両車とも濃紺に塗りなおされ、「汐風号」のヘッドマークも用意。なお、客車の機関車方の連結幌は撤去されている。'09.2.11 P:宇都宮照信
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普通鉄道としてはわが国初の「特定目的鉄道」として、JR九州の門司港駅構内と関門海峡を臨む和布刈公園2.1kmを約10分で結ぶ門司港レトロ観光列車(アーカイブ「田野浦臨港線が“特定目的鉄道”として再生へ」参照)が4月26日に開業を迎えます。この門司港レトロ観光列車は2004(平成16)年3月に貨物営業を終えて休止状態になっている通称「田野浦臨港線」(JR所有の門司港~外浜間0.9kmと北九州市所有の外浜~田野浦間3.6km)の一部を使って運行されるもので、昨年3月13日(木曜日)に、国土交通省九州運輸局鉄道部宛に特定目的鉄道としての鉄道事業認可申請が行なわれたものです。ちなみに、このブログでも何回か取り上げています(→こちら)が、「特定目的鉄道」とは、改正鉄道事業法施行規則第5条2項で「景観の鑑賞、遊戯施設への移動その他の観光の目的を有する旅客の輸送を専ら行うもの」と規定された鉄道に対し、運行本数や運賃などの規制を大幅に緩和する新法です。

090310n003fig.jpg今回は、運行事業者(第二種鉄道事業者)を平成筑豊鉄道、施設保有事業者(第三種鉄道事業者)を北九州市として運行が行なわれます。駅は、九州鉄道記念館駅、出光美術館駅、ノーフォーク広場駅、関門海峡めかり駅の4駅。ノーフォーク広場駅と関門海峡めかり駅間に約270mのトンネルを設け、この間に関門大橋をアンダーパス。関門海峡めかり駅の先に(非営業区間)は瀬戸町車庫が設けられます。線名は、やまぎんレトロラインと称し、これは駅名とともにネーミングライツ制度により決定したものだそうです。
▲やまぎんレトロライン路線概要。
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開業を前に、このほど日鐵運輸株式会社で整備を受けたDB10形×2輌、トラ70000形×2輌が搬入されました。DB10形は2006(平成18)年まで元南阿蘇鉄道で活躍していたもの、トラ70000形は2008(平成20)年まで島原鉄道で活躍していた元トラ70000形が種車となっています。搬入に際し、車体整備を西鉄テクノサービスが担当。客車は側扉の新設と窓ガラスの新設の他、腰掛・机も新たなものに交換されてイメージを一新。車体塗装は機関車とともに濃紺色とされています。

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編成はDB10が2輌のトラ70000形を挟むプッシュプル方式。1号車は指定席で定員は52人(座席42人、立席10人)、2号車は自由席で定員は48人(座席36人、立席12人)として運行されます。
▲デザインを一新した室内。雨天を考慮して窓ガラスが用意された。2号車には車椅子スペースを設置しているため1号車より定員が6名少ない。'09.2.11 P:宇都宮照信
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■運転日:4月26日~11月29日間の土・日・祝日(4月29日~5月6日、7月18日~8月31日は毎日運行)
■料 金:片道自由席 大人300円、子供150円(認可申請中)
    片道指定席 大人400円、子供250円(予定)
指定席券予約は全国のローソン店頭端末、もしくは平成筑豊鉄道ホームページより可能。
時 刻:門司港発9:45、10:15、10:45、11:15、11:45、12:45、13:15、13:45、14:15、15:15、15:45、16:15、16:45
    関門海峡めかり駅発:10:00、10:30、11:00、11:30、12:00、13:00、13:30、14:00、14:30、15:30、16:00、16:30、17:00    どちらも所要10分

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▲エンドトゥエンドの線型のため、軌道の両端には小さな転車台が備えられており、機関車は折り返すたびにここで転向する。'09.1.12 P:服部重敬
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このおとぎ列車の車輌は、1991(平成3)年にチャンス社のハンチントン形蒸気機関車(『編集長敬白』で紹介されたとしまえん=アーカイブ「模型列車の“C.P.HUNTINGTON”」参照=と同型、運行はこちらの方が3年早そう)と客車4輌のセットに置き換え、2003(平成15)年に機関車の車体をトーマスに載せ替え、「トーマスとジェームスのハッピートレイン」として運行していました。かつては成田山側に遊園口駅があり、乗降できたのですが、現在は遊園地側の催事館前からの往復乗車のみとなっています。

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▲初代の日車製6tディーゼル機関車。21号と22号と記録されているが、見たところ車体に標記は見当たらない。'80.1.1 P:古川邦雄
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服部さんありがとうございました。ちなみにこのおとぎ列車、私は訪れたことがないのですが、かれこれ30年以上前に一度“行きかけた”ことがあります。というのも、ここで使われていた機関車が、日本車輌製としては戦後初のナローゲージ用ディーゼル機関車だったからです。

090309n21.jpg日本車輌は1960(昭和35)年から鳴海工場で“UDL”(Underground Diesel Locomotive)と称する坑内用ディーゼル機関車を大量生産しますが(アーカイブ「“UDL”のストックヤード」参照)、ここ日本モンキーパーク(当時は名鉄ラインパーク)の初代機はその2年前の1958(昭和33)年、軌道開設時に導入されたものです。遊園地の機関車とはいえ、ほかの“本線用”機関車と伍して製造され、製造番号をふられた個体だったのです。
▲大きそうに見えるが自重は6t。フロントグリルは自動車パーツか何かの流用だろうか。'80.1.1 P:古川邦雄
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L型の車体はやたらと丸みを帯び、今さら見れば昭和30年代レトロなスタイルが印象的です。今回は古川邦雄さん撮影の写真でその姿を偲んでいただこうと思います。ちなみに日本車輌の製造番号は1785・1786の2輌。前後の製番は国鉄のDF50やDD13、それにEF15などですから、この小さなDLも立派に日車の歴史に刻まれていたわけです。

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▲転車台で転向する6t機。両端のターンテーブルで転向する運転方法は最後まで踏襲されていたことになるが、その形状は現状とかなり異なる。'80.1.1 P:古川邦雄
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結局訪問する機会のないまま今日まで来てしまいましたが、軌道そのものが今月いっぱいでその姿を消すとの報に、改めて悔恨の念が強まってしまいます。モンキーパークのおとぎ列車が動くのは今週末を入れてあと14日ほど…。服部さんが同線のおおまかな歴史を作ってくださいましたので、その半世紀に及ぶ歩みに思いを馳せつつ惜別したいと思います。

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■復活運転概要
復活運転日:3月7、8(土・日)、14、15(土・日)、20?31日の合計16日間(雨天中止)
運行車輌:トーマス編成のみ
※詳しくは日本モンキーパークHP(→こちら

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▲山間の雰囲気が漂うモンキーパークおとぎ列車。路線延長のわりにはバラエティーに富んだ情景が展開する。'09.1.12 P:服部重敬
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RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』で健筆をふるわれた服部重敬さんから、名鉄の遊園地・日本モンキーパークのおとぎ列車が「復活運転」をするという情報を頂戴いたしました。復活運転?といぶかしく思われる方もおられると思いますが、実はこのおとぎ列車、さる1月12日をもってひっそりと営業運転を終了しているのです。それでは服部さんからのお便りをかいつまんでご紹介してみましょう。

090308n002.jpgこのおとぎ列車は1958(昭和33)年に開業し、モンキーパークの催事館前から成田山の裏まで約800mの距離を結んでいました。車輌が遊園地風であるためファンの関心は低かったのですが、シチュエーションは鉄橋あり、踏切あり、信号所あり、転車台ありと、本物の鉄道と比べて遜色なく、写真のように沿線の雰囲気はまさにローカル鉄道そのもので、撮り方次第では英国の保存鉄道を彷彿させる(というとオーバーですが)雰囲気すらありました。個人的にも様々な思い出がつまった鉄道であり、廃止は残念に思います。
▲モンキーパーク信号所をゆく。繁忙期の2列車運転時にはここで対向列車と交換した。なお、復活運転は1列車運行のため、この信号所での列車交換はもう目にすることはできない。'09.1.12 P:服部重敬
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その最終日である1月12日に現地を訪問しましたが、廃止がモンキーパークのホームページに紹介されただけのためか知る人も少なく、ファンの姿も限られて、寂しい最後でした。そのため、廃止を知らなかった人たちから、再度運転してほしいとの要望が寄せられたためか、今月、日付を限って運転を再開することになりました。
■復活運転概要
復活運転日:3月7、8(土・日)、14、15(土・日)、20?31日の合計16日間(雨天中止)
運行車輌:トーマス編成のみ
※詳しくは日本モンキーパークHP(→こちら

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▲イギリスの保存鉄道?を思わせるシーンが展開する。勾配標も本格的で、線路だけ見ると遊園鉄道とは思えない。'09.1.12 P:服部重敬
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090308n004.jpgところでこの鉄道、調べてみると単なる遊戯機器にとどまらず実に面白い鉄道であることが判明しました。まず軌間ですが、2フィート(610mm)ゲージです。レールも骨董品が使われています。ご覧にいれる写真は、園内の踏切で撮影したレールですが、1886(明治19)年Joliet製が現役で使われています。1913(大正2)年カーネギー製が中心のようですが、同時代の様々なレールが使われており、中には日本でほとんど見つかっていない珍しいレールもあるようです。これらのレールは、ホームの柱などで使われている例はありますが、現役としてはかなり珍しいものと思われます。言い換えれば、明治のレールが現役の鉄道にタイムマシンのように残っているわけです。
▲1886年(明治19年)製のJoliet(米国)製レールが現役。先日ご紹介した西武鉄道安比奈線にもJolietが残っているが(1887年製・アーカイブ『安比奈線再訪』参照)、こちらは“今なお現役”。'09.1.12 P:服部重敬
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シチュエーションの良さも特筆されます。沿線の雰囲気はローカル鉄道そのものといってもよく、信号所や転車台があります。2列車運転の時には信号所で通票の交換をしていましたし、終端駅では機関車を転車台で回転するなど、ファンの心をくすぐる要素が揃っています。
(つづく)

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▲“近鉄特急の新しいスタンダード”として4月1日に就役する22600系。写真の編成は大阪難波方から22601(Mc)-22701(T)-22801(M)-22901(Tc)。’09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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昨日に続いて新車の話題をお伝えいたしましょう。発表以来、近鉄ファンの熱い注目を集めていた22600系ACEが完成、このほど報道公開されました。この車輌はその愛称からも分かるように、従来の22000系と同じく近鉄の標準軌各線の特急列車に広く運用されるもので、“新しい近鉄特急サービスのスタンダード”として位置づけられるものです。

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▲「ACE」のロゴは新デザインに(左)。右は名古屋方Tc車22901。扉直後の独立した窓が喫煙室で、その広さが伺えよう。’09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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外観上は近鉄特急伝統のオレンジとブルーのツートンカラーを踏襲していますが、先代のACE22000系に比べ先頭部の丸味がより強調されたデザインとなっています。

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▲快適性にこだわった改良が施された客室内。これまでのイメージを一新する赤系のカラーリングでまとめられている。’09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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一方、客室内は21020系“アーバンライナーネクスト”のものに改良を加えた「ゆりかご式リクライニング」の採用をはじめ、腰掛間隔の拡大(22000系:1000mm/22600系:1050mm)、腰掛背もたれの高さ拡大(22000系:690mm/22600系:735mm)、位置が固定できるフットレストの設置、近鉄特急初の背面テーブルの採用、パソコンの利用や携帯電話の充電に便利なコンセントの設置など、快適性にこだわった種々の改良が加えられています。

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▲Tc車の運転席(左)。連結時には通路部分と仕切れる運転台は左手マスコン、右手ブレーキの2ハンドルタイプ。名古屋方のTc車先頭部に設けられる喫煙室(右)。’09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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また、客室部分とともに車内の大きな特徴のひとつが名古屋方先頭車に設けられた喫煙室です。これにより座席は全て禁煙となり、車内の分煙を徹底。この部分は座席部分の連窓風デザインとは独立した窓となっており、外観上も大きな特徴となっています。また、近鉄特急では初めて温水便座が設置されたことも大きな特徴といえるでしょう。

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▲車椅子スペースを持つT車のデッキに設けられた車椅子対応便所(左)。22000系のイメージを踏襲しつつ、さらに丸味が強調された先頭部(右)。’09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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この22600系は平成20年度にまず4輌編成2本、2輌編成1本の計10輌が、さらに平成21年度にも22輌が増備される予定。営業開始は4月1日のからで、近鉄特急の歴史にまた新たな1ページが開かれることになります。なお、この22600系については次号以降で詳しくご紹介いたします。

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▲コーポレートカラーのブルーの帯でイメージを一新した2000系6次車。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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愛知環状鉄道に大きく仕様が変更された2000系の増備車が登場、先日、報道公開が行なわれました。

aichikanzyou02.jpg2000系電車は1988(昭和63)年の開業時に投入された100系電車の置き換え用として、「愛・地球博」を前にした2003(平成15)年に就役したもので、これまでに2輌組成18本、計36輌が投入されています。今回の増備車は6次車にあたるもので、来る3月14日ダイヤ改正での朝夕ラッシュ時の輸送力増強などを目的としたものです。
▲行先表示器は従来と同じく字幕式。ちなみに「シャトル」とは平日朝方に三河豊田~新豊田間で運転される列車で、7~8時台に7往復運転される。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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▲高蔵寺方のTc車(2252)。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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▲ロングシートとなった客室内。シート中間部には立ち座りを容易にする握り棒が設置されている。床の色は従来のブラウン系からグレー系を基調としたものに。また昨今の通勤電車と同じく、出入口部分のみ黄色に区分されている。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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車輌性能は従来の2000系と同一ながら、車内の仕様は一新、従来のセミクロスシートからロングシート化され、定員はMc車が147/座席48名(在来車146/座席56名)に、Tc車が141/座席42名(在来車140/座席51名)にそれぞれ変化。また、シートモケットの色も従来のグリーンからブルー(優先席はグレー)に変更されています。なお、車号は50番代に区分されており、岡崎方のMc車が2151~、高蔵寺方のTc車が2251~となっています。

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▲Tc車車端部の便所は従来と同様。ここのみクロスシートが配される(左)。Mc車の車端部。優先席はモケットがグレーに区分されている(右)。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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▲Tc車の運転台(左)。従来は毛筆体だった「愛」の文字は今回からゴシック体に変更された(右)。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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▲在来車と並んだ2000系6次車。’09.3.4 北野桝塚車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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この2000系6次車は2輌組成2本が製造され、平日朝通勤時間帯の三河豊田~新豊田間のシャトル列車のほか、朝夕の2輌編成の列車を中心に運用されるとのこと。在来車との連結も可能ながら、現段階では2輌編成単独での運用が予定されています。

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▲N700系が富士山を飛び越えていきました。'09.2.9 東海道新幹線新富士―静岡 P:三浦茂通さん(愛知県) (「今日の一枚」より)

動画版「今日の一枚 The Movie」を加えご好評をいただいている投稿型ブログ「今日の一枚」ですが、エントリー数がまもなく2万枚に到達します。今日現在のアップ数は実に19,815枚。先月2月のエントリーは1,211枚(3月5日20時現在)でしたので、単純計算で一日平均44枚として換算すれば、来週中にも2万枚達成となります。

090305n06.jpgところで、この機会に「今日の一枚」をより楽しむための検索方法をご紹介してみましょう。目的に応じて何通りか考えられますが、ここでは代表的な2つの方法をご紹介いたします。
(1)「今日の一枚」の各エントリーの単語検索
「今日の一枚」のトップページを開くと、投稿フォームや他コンテンツへのリンク、撮影日カレンダーなどが右側のサイドバーに並んでいますが、その最下部「月別アーカイブ」のもっと見るをクリックしてください。そうすると、左側には各月ごとのアーカイブ一覧が表示されますが、右側のサイドバーには最下部に「検索」のダイアログボックスが表示されます。こちらに任意の単語を入力して検索することで、その単語が含まれているエントリーの一覧を表示させることができます。例えば、路線名や駅名などを入力することで、これから撮影にゆく際に現地の状況を下調べすることが可能ですし、また、投稿者名を入力すれば、過去に投稿した作品をリストアップすることができます(撮影者クレジットは、氏名表記が合計4文字以上の場合は氏名の間を詰めて、合計3文字以下の場合は氏名間に全角スペースを1マス入れてください)。ご投稿数の多い方はご自分の名前を入力することによって、ご自身のアルバムとしてご利用いただくことも可能なわけです。
▲まだ18時ですが、まるで最終列車のようでした。'09.2.22 飯山線平滝 P:伊藤 洋さん(長野県) (「今日の一枚」より)
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▲暴風雪の朝、雪352は40分遅れながらも吹きだまりの雪を切り裂きながらやって来ました。'09.2.21 宗谷本線北永山―永山 P:早川裕朗さん(北海道) (「今日の一枚」より)

(2)検索エンジンを用いた画像検索
上記の方法での検索結果はすべて文字で表示されるため、各エントリーがどのような写真なのかがすぐには分かりません。そこで、各種検索エンジンの画像検索機能を用いて検索することも可能です。ここでは、Google画像検索を例にとってご紹介しましょう。

090305n04.jpg「今日の一枚」のディレクトリ名である「rm-now」と検索ダイアログボックスに入力したのち、スペースで1マス開けてから任意の単語を入力して、「画像検索」ボタンを押します。するとその単語を含むページのサムネイル画像一覧が表示されますので、視覚的に目的の写真を探し出すことができます。ただし、この検索方法の場合、必ずしも「今日の一枚」の写真のみが検索結果に表示されるわけではないことと、検索エンジンの仕様上、個別エントリーのみならず日別でのエントリーも検索結果に表示されることがあること、検索結果の表示順序が日付け順とはならないことにご注意ください。
▲最終日は木更津の整備スペースが開放されました。'09.2.15 幕張車両センター木更津派出 P:幾代 裕さん(東京都) (「今日の一枚」より)
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▲残すところ、あと一ヶ月。'09.2.12 東海道本線磐田―袋井 P:竹内航太さん(静岡県) (「今日の一枚」より)

いよいよ2万枚達成へカウントダウンとなった「今日の一枚」。果たしてどなたが栄えある2万枚目の座を射止められるでしょうか。2万枚目となった方には直近3ヶ月に発行した弊社鉄道関連書全18点を進呈いたします。ぜひこの機会にご投稿をお待ちしております。

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▲川根両国の満開の桜の下で並んだDBたち。P:南アルプスあぷとライン

営業線上に残る最後の機械式ディーゼル機関車である大井川鐵道井川線のDB1形(RMライブラリー『大井川鐵道井川線』参照)についてはこれまでにも幾度となく紹介してまいりましたが、来る3月29日からの井川線のATS稼動により単独運行ができなくなることから、ついに本線から姿を消すこととなってしまいました。
■これまでにご紹介した主なDB1関連記事
「かわかぜ号特別便」ふたたび。
「かわかぜ号特別便」に寄せて。
「かわかぜ号特別便」奥泉へ。(動画付き)
RMライブラリー96巻は『大井川鐵道井川線』。

井川線全線を走破するラストランは来る3月28日(土曜日)。井川から千頭への特別列車(DB1形+スハフ2輌/有料・予約制)は途中駅での撮影会を交え、以下のような盛りだくさんな内容となるそうです。

090305n111■運行日:2009(平成21)年3月28日(土曜日)
■受 付:大井川鐵道井川駅 11:00~(井川発 12:25)
 ※予約制
■内 容
○先頭を千頭に向けて運行
 通常とは機関車の向きが逆となる。
○関の沢橋梁の上で停車
 高さ100mの関の沢橋梁で少しだけ停車(列車から降りることはできない)。
○尾盛駅で停車
 秘境駅尾盛で10分ほど停車。
○途中駅で撮影停車
 奥泉―千頭間で撮影のため景色の良い駅に停車。
○千頭駅で撮影会
 千頭駅のターンテーブルでDB1形機関車を回す。
■参加費:2,000円(小学生以上同一料金・予約制) ※弁当付
■募集人員:60名(定員になり次第締切)
※列車で井川駅に来る方は、千頭発9:00または10:35の列車に乗車。車で井川駅に来る方は、千頭駅からは戻る列車はないので、車を回送するか、千頭駅からの列車を利用のこと。

▲「かわかぜ号」のヘッドマークを掲げて庫内で休むDB9。'08.8.24 川根両国 P:名取紀之
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▲残されたDB8(写真)とDB9はともに戦後生まれ。とはいうものの、ラジエータシェルなど戦前製のDBと振り替えられた部分も少なくない。'08.8.24 川根両国 P:名取紀之
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なお、このラストランに先立ち、3月22日(日曜日)には、別途DB1形機関車撮影列車(DB1形+スハフ2輌/有料・予約制)が運行されます。こちらも千頭駅―奥泉駅間の桜の綺麗な駅で撮影会が行なわれるなど魅力的な内容です。

090305n112■運行日:2009(平成21)年3月22日(日曜日)
■受 付:大井川鐵道千頭駅前 11:00~
 ※予約制
■運行内容
千頭12:05→川根両国、土本、川根小山の各駅で撮影会→奥泉13:30
奥泉13:39→川根小山、土本、川根両国の各駅で撮影会→千頭14:55 解散
■参加費:1,500円(小学生以上同一料金・予約制) ※弁当付
■募集人員:60名(定員になり次第締切)

●いずれも問合せ・申込先
大井川鐵道(株)南アルプスアプトセンター
TEL:0547-59-2137/FAX:0547-59-2143
Eメール:abt@ikawasen.jp
※電話での問い合わせ、申込みは月曜日から金曜日の10:00~16:00の間

▲DB8のバックビュー。一段高い位置にある連結器座は初任地の岐阜の発電所専用線時代のもの。'08.8.24 川根両国 P:名取紀之
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▲関の沢橋梁をゆくDB。古くから井川線を象徴するシーンだったが、今月をもって見られなくなってしまう。なお、28日のラストランではDBはこの写真とは逆に千頭方が先頭となる予定。'08.12.1 閑蔵-尾盛 P:奥 清博

井川線の象徴でもあったDBの姿を、これからはあの土本で、奥泉で、長島で、そして関の沢橋梁で見られなくなってしまうのは何とも残念でなりませんが、ラストラン当日は名残の桜が見送ってくれることでしょう。

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▲JR西日本下関地域鉄道部に最後に残されたブルトレ牽引機は10輌。53号機の先頭に燦然と輝く「富士・はやぶさ」のヘッドマーク。'09.3.1 田町車両センター
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昨日、一昨日とJR東日本東京支社の『ブルトレ牽引機関車撮影会と「鉄道博物館」の旅』(→こちら)が開催されました。これは3月14日のダイヤ改正で消える寝台特急「富士・はやぶさ」を末永く記憶にとどめようと“びゅう商品”として企画されたものですが、なにより注目なのは旧東京機関区(現田町車両センター)での機関車撮影会でした。

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▲機関車庫前に並んだ歴代の特急牽引機たち。右の4番線からEF66 53〔関〕、3番線EF65 1106〔田〕、2番線EF65 501〔高〕。'09.3.1 田町車両センター
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団体ツアー形式で行なわれたこの『ブルトレ牽引機関車撮影会と「鉄道博物館」の旅』、3月1日(日曜日)は、「さくらコース」(撮影会13:00~13:25)、「みずほコース(撮影会14:00~14:25)、「はやぶさコース」(撮影会15:00~15:25)、3月2日(月曜日)は「富士コース」(撮影会13:00~13:25)、「あさかぜコース」(撮影会14:00~14:25)、「銀河コース」(撮影会15:00~15:25)と、それぞれ縁のネーミングを冠した計6コース。各コース100名の募集定員に対して700名以上の応募があり、その人気の高さを再認識することとなりました。

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▲ひさしぶりの「里帰り」となったEF65 501には「あさかぜ」。隣のEF65 1106号機には「さくら」のヘッドマークが掲げられた。'09.3.1 田町車両センター
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090303n005.jpg初日の3月1日ははるばる高崎から駆けつけたEF65 501〔高〕に「あさかぜ」のヘッドマークが、EF65 1106〔田〕に「さくら」のヘッドマークが、そして2列車「富士・はやぶさ」で上ってきたばかりのEF66 53〔関〕にはもちろん「富士・はやぶさ」のヘッドマークが掲げられました。ちなみにEF65 1106号機は「さくら」がPF化された際の最初の牽引機そのもので、こんなところにも拘りが感じられる撮影会でした。
▲報道関係者に公開された田町車両センターでの撮影会。11線あった構内も、今や使われているのは一部だけとなってしまった。'09.3.1 田町車両センター
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▲EF66 53〔関〕の堂々たる面構え。撮影会終了後、1列車下り「富士・はやぶさ」牽引へ…。'09.3.1 田町車両センター

ところで、会場となったかつての東京機関区は「富士・はやぶさ」の終焉とともにその役割を終えます。東京・八重洲にあったその名も「東京機関区」が現在の芝・札の辻に移転したのが1942(昭和17)年11月。以来、比肩するものないエリート機関区として文字通り日本の近代化を引っ張ってきました(『「SL甲組」の肖像1』所収「栄光の紋章「東」その名も東京機関区」参照)。私たちファンにとってもEF58 61号機を筆頭に、「東」の区名札は常に憧れの対象であったのです。

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▲撮影会を終えた53号機は当日の1レの先頭に立った。品川駅定時通過。いよいよ3月。ラストランまであとわずか。'09.3.1 東海道本線品川 P:榎本 守さん (「今日の一枚」より)
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『模「景」を歩く』で東京機関区(品川運転所)をつぶさに取材したのはかれこれ14年前のことでした(『模「景」を歩く』参照)。当時、特急牽引機が埋め尽くしていた構内は撮影会の一角を除いてひっそりと静まり返り、そこからもまもなく機関車の姿が消えようとしています。すでにうっすらと錆の浮きはじめた出入庫線のレールを目にしながら、2週間後に迫ったダイヤ改正を実感したのでした。
取材協力:JR東日本東京支社

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▲バスで先回りし、塘路駅を出てすぐの白樺林ポイントで「SL冬の湿原号」を撮影。'09.2.22 釧網本線塘路-茅沼 P:釧路臨港鉄道の会
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090302n002.jpg最終日は「SL沿線撮影&乗車編」として、気軽に厳冬期のSL撮影などを楽しんでもらう内容です。最初にちょっとした試みとして、くしろバスの本社車庫を訪問しました。鉄道好きの皆さんにバス会社見学へのご意見を伺うのが目的です。地元のバス研究家で中古車の履歴への造詣も深い秋山さんにガイドをお願いしましたが、首都圏の皆さんには馴染みの会社から来たバスも多く、結構楽しんでいただけたようです。ちなみに今回のツアーでは同社にお願いして、毎日違うタイプのバスに乗れるよう配車してもらいました。
▲ミニモニターツアー?として試行されたくしろバス車庫の見学会。首都圏からきたバスも多数活躍している。'09.2.22 くしろバス本社 P:釧路臨港鉄道の会
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090302n006.jpg釧路運輸車両所を出区する「SL冬の湿原号」を陸橋から撮影後、塘路駅付近の白樺林ポイントに移動し、雪の舞う中での沿線撮影となりました。皆さんは白樺を絡めたり、アップで正面を狙っていましたが、C11 207は上々の煙で発車してゆきました。標茶駅では事前に許可を得て機関車の折り返し整備を見学し、帰路は湿原号に体験乗車しました。
▲標茶駅の跨線橋で転線や入換を撮影するツアー参加者の皆さん。煙と蒸気が窓から飛び込む。'09.2.22 釧網本線標茶 P:釧路臨港鉄道の会
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▲釧路駅へ向かう冬の湿原号の回送を撮影。いつもより出発が大幅に遅れ、皆さんヤキモキしましたが、無事出区(左)。緩急車ではC11 207の激走を体感。低温と風で壮絶な光景が…。'09.2.22 釧路運輸車両所-釧路駅/釧網本線釧路湿原-遠矢 P:釧路臨港鉄道の会
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今回、どの現場の皆様にも地域貢献の観点から趣旨をご理解いただき、さまざまなご配慮をいただきながら無事ツアーを終えることができました。参加者の声や課題を今後に生かして、釧路の鉄道の魅力を発信し、体験していただけるよう、ファンの立場から盛り上げていきたいと思います。ありがとうございました。

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▲塘路駅を出てすぐの白樺林ポイントで撮影する参加者の皆さん。'09.2.22 釧網本線塘路-茅沼 P:釧路臨港鉄道の会
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3日間にわたった釧路臨港鉄道の会の皆さんによる「くしろ海底力モニター見学会&体験会」レポートは如何だったでしょうか。雪の釧路湿原をゆく蒸機、残された唯一の海底炭礦・釧路コールマインとその輸送に活躍するナロー、そして“シャトルトレイン”が行き交う太平洋石炭販売輸送臨港線と、まさに道東・釧路の鉄道の魅力を凝縮したツアーだったようです。あくまで将来に向けた「産業観光プログラム」のモニター体験ツアーという位置づけではありましたが、参加者の皆さんにとっても、また企画側にとってもいろいろな意味で実り多い3日間だったのではないでしょうか。このモニターツアーが礎となり、次のステップが訪れることを願って止みません。あらためてアテンド下さった釧路臨港鉄道の会の皆さん、お疲れ様でした。

※掲載した釧路運輸車両所ならびに釧路コールマイン構内での写真は、産業観光モニター・視察研修会参加のため、必要な調整と安全策を講じた上で立ち入りを許可された「海底力モニター見学会&体験会」で撮影したものです。両所とも通常の立ち入りは厳禁であり、電話での問い合わせ等も受け付けておりませんのでご注意ください。

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▲パウダースノーを巻き上げながら走るD401のロッド。'09.2.21 太平洋石炭販売輸送臨港線春採-知人 P:釧路臨港鉄道の会
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2日目は、「石炭基礎講座編」として炭鉱と関連施設の訪問をレイルファン向けにアレンジした行程で、釧路市博物館の石川孝織学芸員にも同行解説していただき、釧路の石炭産業について理解を深めてもらいました。ただ、残念ながら全道的に強風が吹き荒れ、前日の大雪もあって釧網線は終日運休となり、釧路川鉄橋でのSL撮影や釧路コールマインの選炭工場を見下ろす丘への訪問もできなくなりました。

090301n003そうとなれば行程を組み直し、まずは線路の排雪を兼ねて知人駅の除雪に向かう太平洋石炭販売輸送の単機運転を狙います。春採駅に連絡をとると時刻未定ながら単機運転があるとのうれしい情報が入り、千代の浦漁港のポイントで春採発車の連絡を待って、パウダースノーを巻き上げながら走るロッド式D401を撮影できました。
▲除排雪のため運転されたD401。1964(昭和39)日車製の今や貴重なロッド式DL。'09.2.21 太平洋石炭販売輸送臨港線春採-知人 P:釧路臨港鉄道の会
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すぐに釧路コールマインの坑外軌道を見下ろす丘へ移動、地吹雪の構内でナローELとバッテリーロコが続行する、地元の私たちにも信じられないような光景が目の前に広がりました。大雪の関係かもしれませんが、「社員さんのサービス?」との声があがったほどで、強烈な地吹雪に耐えながら撮影する皆さんには、最高のプレゼントでした。

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▲地吹雪に耐えながら撮影しているとELとバテロコが続行する奇跡的な光景が広がった。'09.2.21 釧路コールマイン坑外軌道(敷地外から撮影) P:釧路臨港鉄道の会
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続いて釧路製作所へ移動し、近代化産業遺産に指定されている雄別鉄道の保存機8722号を見学しました。思いがけない大歓迎を受け、展示場周辺の駐車場や作業場を全て空けて到着を待っていてくれました。ご用意いただいたコーヒーやお茶で温まりながら、当会会員の奥山さん(三菱大夕張鉄道保存会会長)から8722号が注目される理由など詳しい解説を聞きました。また維持修繕費を集めるために8722号オリジナルポストカードやグラスを販売されていて、皆さんも趣旨に賛同して買い求めていらっしゃいました。ちなみに同社2階の総務課で声をかけてもらえれば個人撮影OKとのことで、グッズも常時販売しています。企業の財産として8722号を大切に守られている姿が伝わってきて、地元のファンにとっても何よりもうれしいことでした。

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▲近代化産業遺産指定で説明版も新調された釧路製作所の8722号(左)。通常は撮影しにくい駐車場側(右)からも撮影できるよう配慮いただいた。'09.2.21 釧路製作所 P:釧路臨港鉄道の会
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▲目の前でELやバテロコを撮影。'09.2.21 釧路コールマイン坑外軌道 P:釧路臨港鉄道の会
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▲先ほど公道から見たELが目の前を行ったり来たり。バテロコも姿を見せてくれた。'09.2.21 釧路コールマイン坑外軌道 P:佐藤邦弘
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釧路臨港鉄道の廃線ルートに沿いながら移動し、国内唯一の坑内掘り炭鉱・釧路コールマインでの「視察研修会」になりました。中国やベトナムからの海外技術者がわが国の高い採炭・保安技術を学ぶ場としての役割を担いながら、商業採炭を続けている同鉱について、座学と紹介VTRで理解を深めた後、炭鉱の社員さんと同じ作業服やヘルメット、安全灯などの装着体験があり、皆さん大いに盛り上がりました。全員で記念撮影をし、鉱業所の窓から坑外軌道を俯瞰した後、特別に線路のそばへ移動し、ELとバッテリーロコを目の前で走らせてもらいました。

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▲石炭を満載し春採湖畔を行くシャトルトレインを撮影。'09.2.21 太平洋石炭販売輸送臨港線春採-知人 P:釧路臨港鉄道の会
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090301n010こののち、青空の下、春採湖を見下ろすおなじみのポイントと千代の浦漁港で運炭列車を往復撮影、坑内電車や採炭機械が保存されている炭鉱展示館で坑内採炭について理解を深めてもらい、昨日のリベンジで春採駅を再訪して形式写真を撮りました。
▲坑内電車や迫力ある採炭機械が展示される模擬坑道を見学。'09.2.21 炭鉱展示館 P:佐藤邦弘
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最後に、海へ続くように見える米町踏切や知人貯炭場、家庭用炭の販売所などを訪問し、盛りだくさんの行程を無事終了、その夜は参加者と地元ファンの交流の場として当会主催の懇親会(自由参加)を開きましたが、SL冬の湿原号の現役機関士Kさんも駆けつけていただき、貴重なお話や体験談を伺うことができました。
(つづく)

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